特定の従業員しか業務を把握できていない状態である「業務の属人化」。リモートワークの浸透やそれに伴うコミュニケーションの変化により、課題として顕在化しつつある企業が少なくありません。
業務の属人化を防ぐ方法のひとつとしてあげられるマニュアルや手順書の作成ですが、AIを活用することで効率的に進められるうえ、属人化の解消に留まらないさまざまなメリットが期待できることをご存じでしょうか。
本記事ではマニュアルや手順書の作成・管理にAIを活用する方法と、そのメリット、注意点を中心に解説します。
業務マニュアルや手順書に求められる要素
業務マニュアルや手順書に求められる要素は、実はAIと非常に相性が良いと言えます。そのため本題の前に、業務マニュアルや手順書の作成におけるポイントについて押さえておきましょう。
内容の正確さとわかりやすさ
マニュアル作成の大きな目的は、ある業務を初めて担当する従業員がミスなく作業を進められる状態を作ること。そのため、記載内容の正確さだけでなく、新人からベテランまで誰が見ても理解しやすく、解釈にズレが生じない表現が求められます。難解な言葉をできるだけ使用しない、「○○程度」や「適宜」のような曖昧な表現を排除するといった配慮が必要です。
また、画面を見ながら操作を行う、具体的な動作を伴うといった場合、文章のみのマニュアルだと理解しづらいもの。操作画面の画像や作業風景の写真を加えたり、図やイラスト、動画によって内容を補足すべきでしょう。
マニュアルの作成後に作業手順の変更が生じた場合や、使用するシステム、設備や材料の変更があった場合、速やかに内容を更新し正確性を保つメンテナンスも必要です。
多言語対応も必要となる
社内に外国人の従業員がいる、あるいは今後雇用する可能性がある場合は、マニュアルが複数言語で用意されているのが望ましいでしょう。業務を滞りなく進められるだけでなく、人材不足の解消に向けた外国人の積極雇用や、海外事業の推進など、経営戦略の立案、実行の基盤を整える意味でも重要です。
記載する内容の精査
正確性が求められるとはいえ、業務にまつわる内容を何もかも1つのマニュアルに記載したのでは膨大な文章量となり、読み落としを招く、あるいは従業員の理解を妨げてしまいます。そのため、どこまでをマニュアルに記載するかといった内容の精査も必要です。
業務の進行において必須となる内容は漏れなく記載し、発生する可能性が低い事象に関してはマニュアルではなく、別途補足資料やQ&Aを用意してカバーする形が良いでしょう。
網羅性と見つけやすさ
正確かつ要点を押さえたマニュアルが、日頃の業務に対して網羅的に準備できている状態が理想です。そのためには業務の棚卸しを行ったうえで、特に属人化している業務については担当者へのヒアリングを通じて、その詳細を把握することが求められます。
そして、網羅的にマニュアルを作成しても、必要な時に適切なマニュアルを見つけることができなければ意味がありません。マニュアルが増えるほど、保管場所や保管方法、検索のしやすさを整備し、誰もが活用できる状態にしておかなければなりません。
AIを用いた業務マニュアル・手順書の作成方法
それでは、実際にAIを用いてどのようにマニュアル・手順書を作成するのかについて見ていきましょう。
マニュアル作成の手順
マニュアル作成の基本的な流れは以下の通りです。AIを活用する場合もそうでない場合も大きくは変わりませんが、AIを活用することで、いくつかの工程を大幅に省略できる、もしくは各工程をより効率的に進められる可能性があります。
目的と役割の明確化 | 何を目的としてマニュアル・手順書を作成するのか、どのように利用するのかを明確にします。 |
業務および作業手順の整理 | 業務や作業手順について、「誰が(who)」「いつ(when)」「どこで(where)」「なにを(what)」「どのような理由で(why)」「どのように(how)」を中心に把握し整理します。 |
記載内容の精査 | 把握した業務や作業手順について、どこまでをマニュアル化するか、何を強調すべきかといった優先順位を付け、記載する内容を精査します。 |
構成設計・フォーマット化 | 精査した内容をもとに、全てのマニュアルに共通する構成や、文体、統一表記などのフォーマットを作成します。 |
本文・図解の作成 | 構成とフォーマットに沿って、テキストや写真、図版を作成します。 |
内容確認・運用 | 作成した内容を確認し、問題がなければ運用を開始します。 |
定期的な更新作業 | マニュアルに変更が生じた場合は速やかに更新し、最新の状態を保ちます。 |
主なAIの活用方法
生成AIでマニュアルを自動作成する
業務内容によっては、AIにマニュアルの対象となる業務、つまりテーマを指示することで自動的にマニュアルを作成できます。より精度を高めたい場合は、構成までを人の手で作成しAIに提示することで、追加/削減すべき内容の提案を受ける、あるいは本文作成をAIに任せるといった使い方も可能です。
このような役割を担うのは主に、ユーザーが入力した情報をもとに新しいデータを生成する「生成AI」ですが、生成AIはあくまで一般的な情報にもとづいて内容を生成するため、独自性が高い内容を組み入れることは苦手としています。したがって、独自性が低く多くの企業で共通する業務(基本的な接客や電話の取り継ぎなど)のマニュアル作成におすすめできる方法です。
人の手で記載した内容を生成AIで要約する
企業固有のノウハウを含む作業や特定の機械設備の操作方法など、独自性が高い業務のマニュアルを作成する場合、構成に沿って下書きした内容をAIで要約、編集、校正する使い方が考えられます。この方法であれば、意図した内容を正しくマニュアルに反映しつつも、表記の統一や表現の推敲といった細かいチェックに要する時間を大幅に効率化できるでしょう。さらには翻訳まで任せられるため、マニュアルの多言語対応もスピーディです。
情報の入力に生成AIを活用する
引き継ぎや研修など業務内容を口頭で説明する機会があれば、音声認識AIと生成AIを組み合わせてマニュアルを作成するのも良いでしょう。具体的には、口頭で説明した業務内容や手順を音声認識AIで文字起こしした後、その原稿を生成AIで要約、マニュアル化するといった流れが考えられます。
業務担当者がPCの操作に不慣れで、文字入力よりも口頭説明の方がやりやすいといった場合でも、この流れであれば抵抗なくマニュアルの作成を進めることができます。
AIによる業務マニュアル・手順書の管理と活用
AIはマニュアルや手順書の作成だけではなく、管理・活用にあたっても力を発揮します。具体的な活用例は次の3点です。
AIを用いてマニュアル・手順書を検索
文書検索AIや、AIを用いたナレッジベース構築ツールなどを用いることで、作成したマニュアルをデータベース化し、迅速に検索できます。
マニュアルの量が多い場合、検索機能の精度によっては目当てのマニュアルを探すだけで時間を要する場合も少なくありません。しかしながら、AIを用いることで検索の意図や目的をより詳細に汲み取り、高い精度でマニュアルを抽出するため、業務の合間の短い時間でも速やかにマニュアルを確認、活用できるようになります。
関連記事:文書検索をAIシステムで効率化!メリットや導入のポイントを紹介
AIチャットボットと連携した社内ヘルプデスク
AIチャットボットにマニュアルを学習させることで、業務に関する質問に対しマニュアルを参照して回答する社内ヘルプデスクが構築できます。データを検索する手間すらなく気軽に利用できるため、「マニュアルを探すのが面倒な人」の利用を促せるとともに、社内の質問対応だけで時間を使ってしまう…といったことがありません。
マニュアルをベースにした業務の自動化
業務内容と利用するAIツールによっては、マニュアルをもとに業務を自動化できる場合があります。たとえば、「契約書の確認業務」について、確認すべき点を記載したマニュアルがあれば、それをAIに学習させることで、チェック作業の自動化が可能。つまり、マニュアルの作成がそのままAIへの作業指示となるイメージです。
マニュアル・手順書でAIを活用するメリット/デメリット
マニュアルや手順書の作成にAIを活用することでさまざまなメリットが期待できる一方、デメリットや注意すべき点もあります。AIによるマニュアル作成を検討する場合には、それぞれを理解した上でAI活用の是非を判断しなければなりません。
AI活用のメリット
マニュアルや手順書の作成自体が業務の効率化や品質向上に寄与するものですが、AIを活用することでさらなる恩恵を受けることができます。
作成負荷の軽減・効率化
マニュアルの作成には労力がかかるため、すでにマニュアルに頼らず業務が回っている企業においては後回しにされがちです。しかしながらAIの活用により作成の負担を大きく軽減できるため、日々の業務と並行しつつマニュアル作成を進められるでしょう。
内容の平準化
マニュアル作成にはさまざまの業務の担当者が関わるため、それぞれ書き方や言葉の使い方が異なり、統一の表記や表現を適用することに困難が生じます。そこでAIを用いた編集や校正を加えることで、表記揺れやあいまいな表現を自動的にチェックし、内容を平準化することができます。
マニュアルの活用促進
せっかくマニュアルを作ったにもかかわらず活用されないケースは少なくありません。AIにより気軽にマニュアルを活用できる仕組みを構築することで、マニュアル作成による効率化・品質向上の効果をさらに高めることができます。
関連記事:AI活用がナレッジベース構築やナレッジマネジメントを加速させる理由
AI活用のデメリット・注意点
100%正確に作成できるわけではない
生成AIの精度は発展途上のため、マニュアル作成の過程で誤った内容を含む、あるいは正しく要約できずに内容が変質してしまうリスクがあります。そのため、AIを用いて作成したマニュアルは必ず人の手でチェックしなければなりません。
導入コスト/ランニングコストが発生する
AIを用いたマニュアル作成・管理ツールの多くは導入費用や月額費用が発生します。作成、管理するマニュアルの数が少ない場合、AIを使用しない方が費用対効果に優れる可能性もあるため、マニュアルの点数や活用する従業員の人数などを考慮したうえで導入を検討すべきでしょう。
情報漏洩のリスク
ChatGPTのように一般公開されている生成AIの場合、入力した情報をAIが学習し、他のユーザーに対してアウトプットする可能性があります。つまり、要約や編集のために自社独自のノウハウを入力した場合、そのまま情報が流出すると言っても過言ではありません。
これを防ぐためには、入力した情報をAIの学習に利用しないようセキュリティが担保されているツールを利用する、もしくは従業員だけが利用できる独自の生成AIを開発する必要があります。また、マニュアルの作成者が独自で一般公開されているツールを利用しないよう、ルールを設けておく必要があるでしょう。
業務のマニュアル化はAIツールベンダーと相談を
業務マニュアルや手順書に求められる正確性や表記の統一、探しやすさといった要素はAIとの相性が良く、AIを活用することで作成の負担を大幅に軽減できます。AIの活躍はマニュアルの作成に限らず、管理運用にも及びますが、十分なコストパフォーマンスを発揮できるかどうかはマニュアルの点数や企業規模に依存する点、セキュリティ面でのリスクも生じる点は考慮しなければなりません。
しかしながら、マニュアル作成を計画した段階で、長期的な運用を見越したコストパフォーマンスまで想定するのは困難です。このような場合にはAIツールベンダーへの相談がおすすめ。システム構築の知見はもとより、費用対効果の算出やセキュリティ面にも精通しているため、リスクを最小限に押さえつつ、本格的な業務のマニュアル化を進めることができるでしょう。