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MTTRの基礎知識:定義と意味
MTTRを効果的に活用するためには、まずその正確な定義と意味を理解することが不可欠です。ここでは、MTTRの基本的な概念から、製造業における具体的な意味合いまでを詳しく解説します。
MTTRとは何か
MTTRは「Mean Time To Recovery」の略称で、日本語では「平均復旧時間」と訳されます。MTTRは設備やシステムが故障してから正常な稼働状態に復旧するまでにかかった時間の平均値を示す指標です。製造業においては、主に生産設備の故障から修理完了までの時間を測定し、保守・メンテナンス体制の効率性を評価するために使用されます。
MTTRの値が小さいほど、故障発生時の復旧が迅速に行われていることを意味し、設備の保守性が高いと評価されます。逆にMTTRが大きい場合は、故障対応に時間がかかっており、ダウンタイムが長期化していることを示します。
製造業におけるMTTRの重要性
製造業の現場では、設備の停止時間が直接的に生産量の減少、納期遅延、そして収益の低下につながります。特に大規模な製造ラインでは、一つの設備が停止することで後工程全体に影響が波及し、損失が拡大する可能性があります。
MTTRを管理することで、設備故障による損失を最小限に抑え、生産効率を維持することが可能になります。また、MTTRの推移を継続的に監視することで、メンテナンス体制の改善効果を定量的に評価でき、経営判断の根拠としても活用できます。さらに、MTTRは保全部門のパフォーマンス指標としても機能し、組織全体の改善活動を促進する効果があります。
MTTRの測定範囲と注意点
MTTRを正確に測定するためには、何を「復旧」とみなすかを明確に定義する必要があります。一般的には、故障の検知から修理完了までの時間を測定しますが、組織によっては故障報告から復旧確認までの時間を含める場合もあります。
測定範囲には、故障の検知時間、原因診断時間、部品の調達時間、実際の修理作業時間、動作確認時間などが含まれます。これらの要素を明確に定義し、組織内で統一した基準を設けることで、MTTRのデータが比較可能で有意義なものになります。また、計画的な保全作業や予防メンテナンスはMTTRの計算には含めないことが一般的です。
MTTRの計算方法と実践的な活用
MTTRを実際の現場で活用するためには、正確な計算方法を理解し、データを適切に収集・分析することが重要です。ここでは、MTTRの具体的な計算式と実践的な活用方法について解説します。
MTTRの計算式
MTTRの基本的な計算式は「MTTR = 総修理時間 ÷ 修理回数」です。例えば、ある設備が1ヶ月間に5回故障し、それぞれの修理に2時間、3時間、1.5時間、4時間、2.5時間かかった場合、総修理時間は13時間、修理回数は5回となり、MTTR = 13時間 ÷ 5回 = 2.6時間となります。
この計算により、当該設備は平均して故障1回あたり約2.6時間で復旧していることが分かります。この値を過去のデータや他の設備と比較することで、保守性の改善度合いや課題のある設備を特定できます。
MTTRデータの収集と管理
正確なMTTRを算出するためには、故障発生時刻と復旧完了時刻を正確に記録することが不可欠です。多くの製造現場では、保全管理システムやCMMS(Computerized Maintenance Management System)を活用して、故障履歴と修理時間を自動的に記録・集計しています。
データ収集の際には、故障の種類(機械的故障、電気的故障、制御系の不具合など)や重大度(生産停止を伴うか否か)も併せて記録することで、より詳細な分析が可能になります。また、定期的にデータを見直し、異常値や記録漏れがないかを確認することも重要です。
設備別・期間別のMTTR分析
MTTRは設備全体の平均値だけでなく、個別設備ごと、故障の種類ごと、期間ごとに分析することで、より具体的な改善策を導き出せます。例えば、特定の設備のMTTRが他と比較して著しく高い場合、その設備に固有の問題(部品の入手困難性、複雑な構造、担当者のスキル不足など)が存在する可能性があります。
また、月次や四半期ごとのMTTR推移を追跡することで、改善施策の効果を可視化できます。例えば、予防保全の強化や部品在庫の最適化などの施策を実施した後、MTTRが低下していれば、その施策が有効であったと評価できます。下記の表のように多面的にMTTRを分析することで、単なる数値管理にとどまらず、具体的な改善アクションにつなげることができます。
| 分析の視点 | 分析内容 | 得られる洞察 |
|---|---|---|
| 設備別分析 | 各設備のMTTRを比較 | 保守性の低い設備の特定、 重点改善対象の明確化 |
| 故障種類別分析 | 機械的・電気的故障などに分類 | 頻発する故障モードの特定、 専門スキルの育成方針 |
| 期間別分析 | 月次・四半期ごとの推移を追跡 | 改善施策の効果測定、 季節要因の把握 |
| 時間帯別分析 | 勤務シフトや曜日ごとのMTTR | 人員配置の最適化、 夜間対応体制の課題抽出 |
MTTR短縮のための具体的施策
MTTRを短縮することは、ダウンタイムの最小化と生産性向上に直結します。ここでは、製造業の現場で実践できるMTTR短縮のための具体的な施策を解説します。
予防保全の強化
予防保全を適切に実施することで、突発的な故障を減らし、計画的なメンテナンスによって復旧時間を短縮できます。定期的な点検や部品交換により、設備の劣化を早期に発見し、大規模な故障を未然に防ぐことが可能です。
予防保全の計画には、設備メーカーの推奨する点検周期だけでなく、実際の稼働状況や過去の故障履歴を反映させることが重要です。また、状態基準保全(CBM: Condition Based Maintenance)を導入し、振動・温度・音などのセンサーデータから設備の異常兆候を検知することで、より効果的な予防保全が実現できます。
故障診断の迅速化
故障発生時に原因を素早く特定できれば、修理に着手するまでの時間を大幅に短縮できます。故障診断を迅速化するためには、過去の故障事例をデータベース化し、症状から原因を推定できる仕組みを構築することが有効です。
また、保全担当者が携帯できる診断ツールやマニュアルを整備し、現場で即座に原因を特定できる体制を整えることも重要です。IoTセンサーやリアルタイム監視システムを活用すれば、故障発生の瞬間に異常データを記録し、原因の解析を支援することも可能になります。
部品管理と在庫最適化
故障発生時に必要な部品がすぐに入手できない場合、復旧時間が大幅に延びてしまいます。重要設備に使用される消耗部品や故障頻度の高い部品については、適切な在庫を確保しておくことがMTTR短縮に効果的です。
ただし、過剰在庫は資金を圧迫するため、ABC分析などを用いて優先度の高い部品を特定し、効率的な在庫管理を行うことが求められます。また、サプライヤーとの緊急調達体制を構築し、在庫のない部品も迅速に入手できる仕組みを整えることも重要です。
保全スタッフの教育とスキル向上
保全担当者のスキルレベルが高ければ、故障診断や修理作業を迅速かつ正確に行えます。定期的な技術研修や実践的なトレーニングを通じて、担当者のスキルを向上させることがMTTR短縮につながります。
また、ベテラン担当者の知識やノウハウを文書化・標準化し、組織全体で共有することで、特定の個人に依存しない保全体制を構築できます。さらに、設備メーカーが提供する技術講習会への参加や、資格取得の支援を行うことも効果的です。下記の施策を組み合わせることで、保全担当者の技術力が組織全体として底上げされ、MTTRの継続的な改善が実現します。
- 定期的な技術研修の実施(年2回以上を目安)
- 実機を使った実践的なトレーニング
- ベテランのノウハウのマニュアル化
- 設備メーカーとの技術交流会の開催
- 保全資格取得の奨励と支援制度の整備
MTTRと関連指標の違い・関係性
MTTRは単独で使用するのではなく、他の設備管理指標と組み合わせて総合的に評価することで、より効果的な設備管理が可能になります。ここでは、MTTRと密接に関連する指標との違いと関係性を解説します。
MTBFとの違いと関係性
MTBF(Mean Time Between Failures:平均故障間隔)は、設備が正常に稼働している期間の平均値を示す指標で、「故障の起こりにくさ」を表します。MTTRが「復旧の速さ」を示すのに対し、MTBFは「故障の発生頻度の低さ」を示す点で異なります。
MTBFの計算式は「MTBF = 総稼働時間 ÷ 故障回数」で表されます。例えば、ある設備が1ヶ月間(720時間)に5回故障した場合、総稼働時間が700時間であれば、MTBF = 700時間 ÷ 5回 = 140時間となり、平均して140時間ごとに故障が発生していることになります。
MTTRとMTBFは相互に補完的な関係にあり、両方を改善することで設備の総合的な信頼性と可用性が向上します。MTBFを向上させるには予防保全や設備の改良が必要であり、MTTRを短縮するには迅速な保守体制の構築が求められます。
稼働率との関係
稼働率は、設備が利用可能な時間のうち実際に稼働している時間の割合を示す指標で、「稼働率 = 稼働時間 ÷ (稼働時間 + 停止時間)× 100」で計算されます。稼働率はMTTRとMTBFの両方に影響を受けます。
稼働率は「稼働率 = MTBF ÷ (MTBF + MTTR)× 100」という式でも表現でき、MTBFが大きくMTTRが小さいほど稼働率が高くなることが分かります。つまり、故障が少なく(MTBFが大きい)、かつ故障時の復旧が速い(MTTRが小さい)設備ほど、高い稼働率を実現できます。
製造業では稼働率を重要なKPIとして設定している企業が多いですが、稼働率を改善するためには、MTTRとMTBFの両面からアプローチする必要があることを理解しておくことが重要です。
その他の関連指標
MTTR・MTBF・稼働率以外にも、設備管理には様々な指標があります。MTTF(Mean Time To Failure:平均故障時間)は修理不可能な設備や部品の寿命を示し、MTBD(Mean Time Between Defects:平均欠陥間隔)は品質管理の観点から不良発生の頻度を表します。
また、OEE(Overall Equipment Effectiveness:設備総合効率)は、稼働率だけでなく性能や品質も含めた設備の総合的な生産性を評価する指標として、多くの製造現場で採用されています。これらの指標を組み合わせて多角的に設備を評価することで、改善の優先順位を明確にし、効果的な施策を実施できます。各指標の特性を理解し、相互の関係性を把握することで、設備管理の全体像を俯瞰した戦略的な改善活動が可能になります。下記の表を参考にしてみてください。
| 指標 | 意味 | 計算式 | 改善の方向性 |
|---|---|---|---|
| MTTR | 平均復旧時間(復旧の速さ) | 総修理時間 ÷ 修理回数 | 迅速な保守体制の構築 |
| MTBF | 平均故障間隔(故障の起こりにくさ) | 総稼働時間 ÷ 故障回数 | 予防保全、設備改良 |
| 稼働率 | 設備が稼働している時間の割合 | MTBF ÷ (MTBF + MTTR)× 100 | MTTR短縮とMTBF向上の両立 |
| OEE | 設備の総合的な生産効率 | 稼働率 × 性能 × 品質 | 多面的な設備改善 |
製造業におけるMTTR活用の実践ポイント
MTTRを実際の製造現場で効果的に活用するためには、単に数値を測定するだけでなく、組織全体で改善活動に取り組む体制を構築することが重要です。ここでは、MTTR活用における実践的なポイントと注意点を解説します。
経営層と現場の連携
MTTRを経営指標として位置づけ、経営層が改善活動を支援する体制を構築することが、継続的な改善につながります。経営層はMTTRの改善が生産性や収益に与える影響を定量的に把握し、保全部門への予算配分や人員配置に反映させる必要があります。
一方、現場の保全担当者は日々のデータ収集と分析を通じて、改善の具体的な機会を見つけ出し、経営層に提案していく役割を担います。経営層と現場が定期的にMTTRの推移を共有し、課題と対策を議論する場を設けることで、組織全体での改善意識が高まります。
継続的な改善サイクルの確立
MTTRの改善は一度の施策で完結するものではなく、PDCAサイクルを回しながら継続的に取り組むことが重要です。まず現状のMTTRを正確に把握し、具体的な改善施策を実施し、その効果をデータで検証し、さらなる改善につなげるというサイクルを確立します。
改善活動の成果は定期的に現場にフィードバックし、担当者のモチベーション向上にもつなげることが大切です。また、改善事例を社内で共有し、他の設備や部門にも横展開することで、組織全体の保全レベルが向上します。
デジタル技術の活用
近年では、IoTセンサーやクラウドベースの保全管理システムを活用することで、MTTRに関するデータをリアルタイムに収集・分析できるようになっています。これにより、故障の予兆を早期に検知したり、過去の類似事例を瞬時に参照したりすることが可能です。
また、AIやデータ分析技術を用いて、MTTR短縮のボトルネックを自動的に特定し、最適な改善策を提案するシステムも登場しています。こうしたデジタル技術を積極的に導入することで、MTTRの継続的な改善がより効率的に実現できます。下記のような技術を効果的に組み合わせることで、従来は人手に頼っていた多くの作業が効率化され、MTTR短縮に大きく貢献します。
- IoTセンサーによる設備状態のリアルタイム監視
- クラウド型保全管理システムでのデータ一元管理
- 過去の故障事例データベースの構築と活用
- AIによる故障予兆検知と原因分析支援
- モバイルデバイスを活用した現場での迅速な情報共有
目標設定と評価の注意点
MTTRを改善指標として活用する際には、適切な目標設定が重要です。過度に厳しい目標を設定すると、現場が疲弊したり、データの正確性が損なわれたりする可能性があります。まずは現状のMTTRを正確に把握し、段階的に改善目標を設定することが現実的です。
また、MTTRだけを追求するあまり、応急処置で済ませて根本的な修理を怠ると、再発故障が増えてかえってMTBFが低下する可能性があります。MTTRの改善はMTBFや稼働率など他の指標とのバランスを考慮しながら進めることが重要です。
さらに、設備の重要度によってMTTRの目標値を変えることも検討すべきです。生産ラインの中核をなす重要設備と、代替手段のある補助的な設備では、求められる復旧速度が異なるため、一律の目標ではなく設備の特性に応じた目標設定が効果的です。
まとめ
MTTRは製造業における設備管理の基本的かつ重要な指標であり、設備の保守性とメンテナンス体制の効率性を客観的に評価できます。MTTRを短縮することで、ダウンタイムを最小化し、生産性の向上と収益の改善に直結する効果が期待できます。
MTTR短縮のためには、予防保全の強化、故障診断の迅速化、部品管理の最適化、保全スタッフの教育など、多面的な施策を組み合わせることが重要です。また、MTTRは単独で評価するのではなく、MTBFや稼働率などの関連指標と組み合わせて総合的に設備管理を行うことで、より効果的な改善が実現します。
製造業の現場でMTTRを効果的に活用するためには、経営層と現場の連携、継続的な改善サイクルの確立、デジタル技術の活用が重要です。適切な目標設定と他の指標とのバランスを考慮しながら、組織全体でMTTR改善に取り組むことで、設備の信頼性の向上と競争力の強化につなげることができます。
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参考文献
https://www.nikken-totalsourcing.jp/business/tsunagu/column/1999/
