目次
MBDの基本概念と従来手法との違い
MBD(Model-Based Development)は、従来の図面や仕様書を主体とした開発と比較して、どのような違いがあるのかを理解することが、MBD導入の第一歩となります。ここでは、従来の手法との違いについて解説していきます。
MBDとは何か
MBDは、システムや製品の設計・開発において、数学的モデルやシミュレーションモデルを活用して要件定義から検証までを一貫して行う開発手法です。特に制御システムやソフトウェア開発の分野で広く活用されており、自動車産業や航空宇宙産業を中心に普及が進んでいます。
MBDでは、モデル自体が仕様書や設計書の役割を果たすため、ドキュメント作成の手間を削減しながら設計情報を正確に共有できます。従来の開発手法では、要件定義書や仕様書を作成し、それを基に設計・実装を進めていましたが、MBDではモデルを作成してシミュレーションで動作を確認し、そこから自動的にコードを生成することも可能です。
従来の図面中心開発との違い
従来の開発手法では、2D図面や文書ベースの仕様書が設計情報の中心でした。設計者が図面を作成し、それを製造部門に渡して製品を作るという流れが一般的でしたが、この方法にはいくつかの課題があります。図面の解釈に個人差が生じる、変更管理が煩雑になる、部門間での情報伝達にタイムラグが発生するなどの問題があります。
一方、MBDでは3Dモデルやシミュレーションモデルを共通言語として使用するため、関係者全員が同じ情報を視覚的に共有できます。また、モデル上で設計変更を行えば、その影響を即座にシミュレーションで確認でき、手戻りを大幅に削減できます。
MBDが適用される分野
MBDは当初、自動車や航空宇宙などの制御系ソフトウェア開発で普及しましたが、現在ではその適用範囲が拡大しています。産業機械、電機製品、建設機械など、複雑な制御を必要とする製品開発において、MBDの有効性が認識されています。特にV字開発モデルとの親和性が高く、要件定義から検証まで一貫したモデル活用が可能であるため、品質保証の観点からも注目されています。
近年では、IoTやデジタルツイン技術との組み合わせにより、設計段階で製品のライフサイクル全体をシミュレーションするなど、新たな活用方法も生まれています。以下は、従来の図面中心開発とMBDを比較した表です。
| 項目 | 従来の図面中心開発 | MBD |
|---|---|---|
| 主な設計情報 | 2D図面、文書ベース仕様書 | 3Dモデル、シミュレーションモデル |
| 情報共有方法 | 図面配布、仕様書回覧 | モデルデータの共有 |
| 設計変更への対応 | 図面修正、関連文書の更新 | モデル修正、自動反映 |
| 検証タイミング | 試作・実機テスト中心 | 設計段階でシミュレーション検証 |
| コード生成 | 手動コーディング | モデルからの自動生成が可能 |
MBD導入による具体的なメリット
MBDを導入することで、製品開発プロセス全体に多くのメリットがもたらされます。単なる効率化だけでなく、品質向上や組織間連携の強化など、企業の競争力向上に直結する効果が期待できます。
開発期間の短縮とコスト削減
MBDの最も顕著なメリットの一つは、開発期間の大幅な短縮です。従来の開発手法では、設計フェーズと試作・テストフェーズが明確に分離されており、実機での検証を経て初めて問題が発見されることが多くありました。MBDでは、設計段階でシミュレーションによる検証を繰り返し行うことで、試作回数を削減できます。
シミュレーションで問題を早期に発見・修正することで、手戻りによる時間的・金銭的コストを大幅に削減できます。また、モデルからの自動コード生成機能を活用すれば、実装フェーズの工数も削減され、開発全体のリードタイムが短縮されます。自動車業界の事例では、MBD導入により開発期間を30〜50%短縮した例も報告されています。
設計品質の向上と不具合の早期発見
MBDでは、設計の初期段階から動作をシミュレーションで確認できるため、設計品質が向上します。従来の手法では、仕様書やフローチャートだけでは把握しきれなかった動的な振る舞いや、複雑な条件下での動作を、シミュレーションによって可視化できます。
これにより、設計者自身が設計の妥当性を確認しやすくなり、レビュー時にも具体的な動作を共有できるため、より質の高いフィードバックが得られます。特に制御システムでは、境界条件や異常系の動作をシミュレーションで網羅的に検証することで、市場での不具合を未然に防ぐことができます。
部門間の情報伝達円滑化と技術継承
モデルを共通言語として使用することで、設計・開発・製造・品質保証など、異なる専門性を持つ部門間のコミュニケーションが円滑になります。文書ベースの仕様書では解釈の違いが生じやすいのに対し、動作するモデルは客観的な事実を示すため、認識の齟齬を減らせます。モデルライブラリを構築することで、過去の設計資産を再利用しやすくなり、組織全体の設計力向上にもつながります。
以下、メリットのまとめと各効果を表したものです。
| メリット領域 | 具体的効果 | 期待される成果 |
|---|---|---|
| 開発効率 | シミュレーションによる早期検証、試作回数削減 | 開発期間30〜50%短縮 |
| 品質向上 | 設計段階での網羅的検証、不具合の早期発見 | 市場不具合率の大幅低減 |
| コスト削減 | 手戻り削減、自動コード生成、図面作成工数削減 | 開発コスト20〜40%削減 |
| 情報伝達 | モデルによる共通言語化、認識齟齬の削減 | 部門間連携の強化 |
| 技術継承 | 設計知識の形式知化、モデルライブラリ構築 | 組織的設計力の向上 |
MBD導入のプロセスと手順
MBDを効果的に導入するためには、段階的なアプローチが重要です。一度にすべてのプロセスを変革しようとするのではなく、計画的に進めることで成功確率が高まります。
要件定義とモデル化の進め方
MBD導入の第一歩は、システムやプロセスの要件を明確にし、それをモデルとして表現することです。従来の文書ベースの要件定義では、自然言語の曖昧さが問題となることがありますが、モデルベースの要件定義では、システムの振る舞いを実行可能な形で記述します。要件を定義する段階からモデルを活用することで、要件の妥当性や実現可能性を早期に検証でき、後工程での手戻りを防ぐことができます。
モデル化の際には、システム全体を一度にモデル化するのではなく、サブシステムや機能単位で段階的にモデルを構築していくアプローチが有効です。また、既存の設計資産や制御ロジックをモデル化する際には、まずは主要な機能から着手し、徐々に詳細化していくことが推奨されます。
シミュレーションによる設計検証
モデルが構築できたら、シミュレーションによる検証を実施します。シミュレーションでは、正常系の動作確認だけでなく、異常系や境界条件での振る舞いも確認することが重要です。制御システムの場合、さまざまなセンサー値や環境条件を変化させながら、システムが仕様通りに動作するかを検証します。
シミュレーション結果は、設計レビューの場で関係者と共有し、設計の妥当性を評価します。シミュレーション環境を整備する際には、実機に近い条件を再現できるHILS(Hardware-in-the-Loop Simulation)環境の構築も検討すると、より信頼性の高い検証が可能になります。シミュレーション結果を蓄積し、テストケースとして管理することで、設計変更時の回帰テストも効率化できます。
自動コード生成と実装への展開
検証されたモデルから、実装用のコードを自動生成します。MATLAB/Simulinkなどのツールでは、モデルから組込み用のC/C++コードを自動生成する機能が提供されており、手動コーディングに比べて効率的かつ正確な実装が可能です。
自動生成されたコードは、モデルと完全に一致するため、実装段階でのバグ混入リスクが低減します。ただし、自動生成コードの品質(実行効率、メモリ使用量など)を確認し、必要に応じて生成オプションを調整することが重要です。
自動コード生成を活用することで、コーディング工数を削減しながら、モデルと実装の整合性を保証できます。また、コード生成後も、モデルを唯一の設計情報源として保持し、変更はモデルに対して行うというルールを徹底することが、MBDの効果を最大化するポイントです。
検証とトレーサビリティの確保
MBDでは、要件からモデル、シミュレーション結果、実装コード、テスト結果までのトレーサビリティを確保することが重要です。特に機能安全(ISO 26262など)が求められる分野では、各工程での検証結果を文書化し、要件が正しく実装されていることを証明する必要があります。
モデルベース開発ツールの多くは、要件管理ツールとの連携機能を持っており、要件とモデル要素の紐付け、カバレッジ分析などをサポートしています。検証プロセスでは、モデルレベルでのテスト、ソフトウェアレベルでのテスト、ハードウェア統合でのテストを段階的に実施し、各レベルでの検証結果を記録します。
検証とトレーサビリティの確保における主な活動は下記のとおりです。
- 要件定義段階からモデルを活用し、実行可能な要件として定義
- サブシステム単位でモデル化を進め、段階的に統合
- 正常系・異常系・境界条件を含む網羅的なシミュレーション検証
- 検証済みモデルから実装コードを自動生成
- MIL、SIL、HILの各レベルで段階的に検証を実施
- 要件からテストまでのトレーサビリティを文書化
まとめ
MBDは、従来の図面や仕様書中心の開発から、モデルを中心に据えた開発へのパラダイムシフトを実現する手法です。シミュレーションによる早期検証、自動コード生成による効率化、部門間の情報共有円滑化など、多くのメリットをもたらします。
MBD導入には、ツール環境の整備、人材育成、組織体制の構築など、技術面と組織面の両方での取り組みが必要ですが、段階的なアプローチにより着実に成果を得ることができます。
製造業における競争が激化する中、開発期間短縮と品質向上を両立させるMBDは、企業の競争力強化に不可欠な手法となっています。自社の開発プロセスの課題を明確にし、MBD導入による改善効果を見据えて、計画的に取り組むことが成功への道となるでしょう。
