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「ものづくりDX推進コンサルの現場から」第9回は、DX推進のためのITシステムの最適化についてお話しします。
(執筆:高安篤史/合同会社コンサランス代表 中小企業診断士)

日本のITシステムの問題で近年大きな話題になっていることは、日本企業のIT投資の大半は保守費用に使われていて、価値を生み出す新規投資はほとんど実施されていないということです。欧米では、大半のIT投資が価値を生み出す新規投資に使われています。
どうして日本はこのような事態になってしまったのでしょうか?
カスタマイズされたシステムの弊害
前回のコラムで、標準化の重要性についてお話ししましたが、実は、標準化の問題が、日本のIT投資の問題にも影響しています。つまり、標準化していない業務をIT化すると、当然システムのカスタマイズ、または新規開発が必要になります。この「負のIT遺産」になった元凶は、この標準化されていない業務に合わせて作られたITシステムです。
誤解がないように補足すると、カスタマイズをすること自体が悪いと言っているわけではありません。まず本当に価値がある(他社に打ち勝つ価値の源泉)部分は差別化し、他社に察知されぬようにブラックボックス化して、それらに関連するITシステムをカスタマイズするのであれば問題はないのでしょう。
前回のコラムでもお話したように、「慣れ親しんできた業務のやり方」に価値があると誤解があることに問題があるのです。結果、カスタイマイズして作ったITシステムは、ブラックボックス化され、ITベンダーは保守するための大きな工数が発生します。また、新たなシステムのバージョンがリリースされるごとにカスタマイズが必要になり莫大な費用が発生します。
さらにこのカスタマイズにより、特定ベンダーに大きく依存した状態になり、他のベンダーへの切り替えができない、いわゆる「ベンダーロックイン状態」になります。この結果、ベンダー間の競争が働かなくなり、ITベンダー自身も成長できなくなってしまいます。
DXシステムとITベンダーとのかかわり
DXの中核となるIoT(Internet of Things)/AI(人工知能)に関連するシステムの考え方はどのようになるのでしょうか? 従来のITシステムでの中心は「機能」でした。投資判断の考え方は、「ある機能をサポートしたITシステムを活用することで、生産性の向上が図られ、コスト削減が進むのだから、このITシステムへ投資をしても良いだろう」という流れです。
IoT/AIにおいて、その中心は「機能」ではありません。「機能」がサポートされた状態から、試行錯誤でデータの収集およびデータの前処理を行い、適切なAIの学習手法を選択します。さらにハイパーパラメーター(機械学習アルゴリズムのためのパラメーター)のチューニングにより精度を高めていきます。実際に進めていっても、収集データの不足、データ精度の欠如などの要因で成果に結びつかないことも多く、投資対効果が事前に判断できません。
PoC (Proof of Concept:概念実証)などを実施することも多いですが、それでもITベンダーにお願いし、3人で3カ月程度の工数をかけても、PoCで効果がなかったという結果になることの方が多いです。しかしながら、日本では、発生した人件費はITベンダーへ支払うことが一般的です。
さらに追加で対応をITベンダーにお願いすると、当然追加費用がかかります。ITベンダーからすると、うまくいかなかった方が追加のお願いが発生し、売り上げが増えるということもあり、成果自体が忘れさられてしまう傾向になります。
日本の新規のITシステムの開発やカスタマイズに関しての費用は、あくまでも人件費の山積みであり、人月単価になります。つまり、このくらいのレベルの人の月単価は100万円で3カ月稼働したから300万円という計算です(経験年数、資格、習得スキルで決まることが多い)。
米国企業よりも出遅れた日本企業のIT推進
一方、米国企業でのITシステム導入は、全く違う考え方です。DX以前からそうですし、さらにこの考え方が強化されているといってもいいでしょう。
【米国流の考え方のポイント】
以下で示す米国企業の考え方は、「IoT(Internet of Things)/AI(人工知能)に関連し、試行錯誤しながら高度化する仕組み」であるDX時代のシステムに向いています。
- 「ITスキルは、企業のコア技術」と捉えないと、企業の競争力がなくなる
- 従って、IT部門は企業の中核であり、その部門の高度な人材が重要
- 長期的な保守を考えると、標準的な市販品(パッケージ品)のシステムを購入することを前提にする
- 企業の競争力の源泉である部分のITシステムは、カスタマイズ 又は 新規に開発する
- カスタマイズまたは新規に開発する際もITベンダーに依頼するのではなく、自社開発を目指す
- 社内のIT部門の高度な人材でも対応が難しければ、対応可能な新たな人材を雇ってくる
- 社内のIT人材は、ITツールの開発や導入で、成果を生みだすことに集中する(日本のように作業時間をベースには考えない)
- ITベンダーと協業することがあっても、日本のような人件費の山積みである人月単価にはならず、成功報酬的な考えで価格および報酬が決まることが多い(例えば、コストが1億円削減できれば、この対応が他社のITベンダーではできない内容であれば、ITベンダーが25%の成果報酬を得るいう形で契約が決まる)
- 上記により、あくまでも見える成果にこだわることで、IT担当とユーザーがWin-Winの関係で、アジャイル開発が可能になる
- ユーザー部門にいるITエンジニアも同業他社に移籍することも多く、ユーザー業務を熟知しているITエンジニアが存在する
多くの日本企業のITシステムは、過去に行われたカスタマイズにより、長期の視点では負の遺産になってしまっています。
これまでのITシステム導入やデジタル化において、日本企業は米国企業よりも大きく出遅れました。このままだとDX時代ではさらに差を付けられてしまうことは間違いないかもしれません。 今からでも遅くはありません。長期的な視点でITシステムのあるべき姿を思い描き、そのためのIT人材の強化を行い、ITベンダーとの関係を見直してください。また、ITベンダーもユーザーを成功に導くために必要な対応方法を見直さないと、外資系企業に後れをとり、生き残れないと思います。
執筆者プロフィール
合同会社コンサランス 代表/中小企業診断士。
https://www.consulance.jp/
早稲田大学理工学部工業経営学科(プラントエンジニアリング/工場計画専攻)卒業後、大手電機メーカーで20年以上に渡って組込みソフトウェア開発に携わり、プロジェクトマネージャ/ファームウェア開発部長を歴任する。DFSS(Design for Six Sigma:シックスシグマ設計)に代表される信頼性管理技術/プロジェクトマネジメントやIoT/RPAやDXのビジネスモデル構築に関するコンサルタントとしての実績 及び 自身の経験から「真に現場で活躍できる人材」の育成に大きなこだわりを持ち、その実践的な手法は各方面より高い評価を得ている。
IPA(情報処理推進機構)SEC Journal掲載論文(FSSによる組込みソフトウェアの品質改善 IPA SEC journal25号)を始め、執筆論文も多数あり。 2012年8月 合同会社コンサランスの代表に就任。
- 中小企業診断士(経済産業大臣登録):神奈川県中小企業診断協会 所属
- 情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、応用情報技術者、セキュリティマネジメント)
- IoT検定制度委員会メンバー (委員会主査)
■書籍
- 2019年に書籍『知識ゼロからのIoT入門』が発売
- 2020年に共同執筆した「工場・製造プロセスへのIoT・AI導入と活用の仕方」が発刊
- 2021年10月に創元社より、やさしく知りたい先端科学シリーズ9として、書籍「IoT モノのインターネット (モノ・コト・ヒトがつながる社会、スマートライフ、DX推進に活用中)」が発売
- 日刊工業新聞社「工場管理」 2021年10月臨時増刊号「ゼロから始めるモノづくりDX」で執筆
- 2022年4月に共同執筆した書籍(プラントのDX化による生産性の向上、保全の高度化)が発刊
