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「ものづくりDX推進コンサルの現場から」では、DX/IoTビジネスモデル構築のコンサルティングなどにかかわる筆者が、これまで自分自身が見てきた現場の実情や課題を交えながら、ものづくりDX推進の方法論などを語ります。第6回は、DX推進で陥りがちな罠についてお話しします。
(執筆:高安篤史/合同会社コンサランス代表 中小企業診断士)

DX推進を阻害する要因
DXを推進にする際には、まず推進の阻害要因を理解することから始めた方が良いでしょう。あなたの企業には、以下のようなことはありませんか?
- 慣れ親しんだ “紙“ と“ハンコ”の文化
- 皆で顔を合わせて満足する会議、会議録作成に時間をかける習慣
- 皆で承認する習慣と責任の不明確性、失敗を恐れて何もしない企業
- ITシステムはカスタマイズして利用、ITベンダーの提案を鵜呑み
- 現場業務が理解できていない社内の情報システム部門
- 目的が不明確なトップダウンによるDX推進の指示
- 実データを分析しても過去の成功体験からしか決断できない管理職
上記の1つでも思い当たれば、それは氷山の一角に過ぎません。つまり、自社は既に「罠にはまっている」と考えなければいけません。このような組織では、DXの推進の会議をすると、最終的に反対する意見が多数でてきます。
私がコンサルタントとして企業の支援を実施すると、下のような声を良く耳にします。
- 以前、同じようなことをやって上手くいかなかった
- 業務プロセスを変えなければいけないので、品質監査で問題になる可能性がある
- そんなことができる人材は我が社にはいない
- お客様に説明できない
- 誰が責任を持つのか?
- 従来のシステムの全面見直しが必要
- 他の業務と整合性が取れなくなる
- 自部門のみ負荷が増える
- 現状業務が進まなくなる
このような意見が多数出てくる企業は、「罠にはまっている」というよりは、もはや「末期症状」と言っても良いでしょう。上記の反対意見に関連する内容はDXで解決する課題そのものです。DXを実施しないと解決できないと考える組織と、同じ内容を推進できない言い訳にする組織の違いが明確に分かります。
DX推進5つの壁と、その対応法
DX推進において、5つの壁があることも理解する必要があります。
【1つ目の壁】 DX推進の経営判断(投資判断)
【2つ目の壁】 DX導入の推進体制 と コラボレーションの確立
【3つ目の壁】 DX導入の具体的実施方法の検討
【4つ目の壁】 上記の分析結果を基にした改善手段の現場適用
【5つ目の壁】 適用した改善手段の結果のフィードバック
上記の対応方法を下記に示します。
【1つ目の壁の対応】 DXは企業の必須の課題です。経営者によるトップダウンの推進が必要です。
【2つ目の壁の対応】 DXの推進は全社一丸です。また、自前主義ではDXには限界があります。
【3つ目の壁の対応】 システム会社への依存では長期的にITシステムが負の遺産になります
【4つ目の壁の対応】 業務部門がDXを主体的に進め、関連部門を最初の段階から巻き込むことが重要です。
【5つ目の壁の対応】 最初から効果がでることの方が稀です。トライ&アジャストの推進が重要です。
上記の罠にはまらないために、私は事例としてセミナーやコンサルティングで下記を具体例と共にお話するようにしています。
- DX推進の実態(役割別の問題点)
- コロナ禍による強制リモート業務がDX?
- 失敗事例の真の原因(従来の強みが弱みに変化)
- 戦略(ビジョン)なき技術起点
- 社内の情報システム部門とベンダー企業の依存
- DXに対する組織文化の欠如(過去の成功体験が影響)
- 2025年の崖(レガシーシステムの残存)
- VUCA(ブーカ※)時代のDX計画の失敗
- アジャイル推進の誤解
※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)
今回のコラムでは、最後の「アジャイル推進の誤解」について補足しておきます。
変化に迅速に対応するためのアジャイル推進(第2回参照)ですが、そのポイントは「スモールリザルト(小さな成果)」です。変化に対応しているが、いつまでたっても結果に結びつかない罠に陥っている企業もあります。DXでは、変革という言葉にはまり、「小さな成果では意味がない」と考えると、この罠にはまります。たとえ小さな成果であっても、それを積み重ね続けることが非常に重要です。
DX推進は、企業内で自発的に継続されなければならない
DX推進の原動力は「危機感」であり、「必要性の理解」です。「今まで何とかなってきたのだから、これからもその延長線で考えておけば何とかなるさ」という考えでは、DXは進まないでしょう。
確かに日本の歴史を見ても、欧米などに差を付けられていた時代(明治維新や戦後の復興など)があっても、現場の個々の強みにより短期間で追いつくことができました。しかしながら、今は違います。デジタルを使った変革においては、個々の強みが活用できるどころか、あらゆる面で諸外国に圧倒的な差が付いてしまいます。簡単にキャッチアップできるなどとは考えないでください。
私はコンサルティングやセミナーなどではDX推進状況の診断ツールを使い、実際の問題点を把握してもらうようにしています。DXの推進は、罠にはまっているところや、今後、課題になる(罠にはまる)可能性のある落とし穴を理解することで、自ら問題意識を持ち解決することに意義があります。
ただし、企業の健康診断ともいえるDX診断で「余命3年の判定」という結果が出ても、不摂生を止めない組織もあります。また、コンサルタントや経営陣、又は一部の部門がその気になっても、組織全体で自ら危機感を持って自発的に推進をしないと短期の活動で終了してしまいます。
コンサルタントによる支援を契機に社内の改革プロジェクトを作った後、コンサルタントの支援の下でDX推進を実施している際は積極的に活動する。しかしプロジェクトが終了し、コンサルタントがいなくなった途端にDX活動が止まってしまう。そんな組織が多数あります。
DXは継続的推進が重要であり、組織に改革のマインドが根付き、推進プロジェクトがなくても、コンサルタントがいなくても、そして経営陣からの指示がなくても進められるようにしなければなりません。
「DX推進プロジェクトが終わった後、結局、何もできない」ということが、最後のDXの罠です。
執筆者プロフィール
合同会社コンサランス 代表/中小企業診断士。
https://www.consulance.jp/
早稲田大学理工学部工業経営学科(プラントエンジニアリング/工場計画専攻)卒業後、大手電機メーカーで20年以上に渡って組込みソフトウェア開発に携わり、プロジェクトマネージャ/ファームウェア開発部長を歴任する。DFSS(Design for Six Sigma:シックスシグマ設計)に代表される信頼性管理技術/プロジェクトマネジメントやIoT/RPAやDXのビジネスモデル構築に関するコンサルタントとしての実績 及び 自身の経験から「真に現場で活躍できる人材」の育成に大きなこだわりを持ち、その実践的な手法は各方面より高い評価を得ている。
IPA(情報処理推進機構)SEC Journal掲載論文(FSSによる組込みソフトウェアの品質改善 IPA SEC journal25号)を始め、執筆論文も多数あり。 2012年8月 合同会社コンサランスの代表に就任。
- 中小企業診断士(経済産業大臣登録):神奈川県中小企業診断協会 所属
- 情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、応用情報技術者、セキュリティマネジメント)
- IoT検定制度委員会メンバー (委員会主査)
■書籍
- 2019年に書籍『知識ゼロからのIoT入門』が発売
- 2020年に共同執筆した「工場・製造プロセスへのIoT・AI導入と活用の仕方」が発刊
- 2021年10月に創元社より、やさしく知りたい先端科学シリーズ9として、書籍「IoT モノのインターネット (モノ・コト・ヒトがつながる社会、スマートライフ、DX推進に活用中)」が発売
- 日刊工業新聞社「工場管理」 2021年10月臨時増刊号「ゼロから始めるモノづくりDX」で執筆
- 2022年4月に共同執筆した書籍(プラントのDX化による生産性の向上、保全の高度化)が発刊
