先端技術の中でも特に注目度が高いAIは、すでに多くのシステムや設備機器と連携し、さまざまな形で活躍しています。AIと聞くと「人工知能」を思い浮かべる方が多いと思いますが、同じくAIという言葉の説明として「拡張知能」という表現を目にし、意味や違いが気になったことはないでしょうか。
人工知能と拡張知能は密接に関係するものの、実は異なる概念で、昨今では混同されているケースが少なくありません。そこで本記事では拡張知能という言葉の意味や人工知能との違い、それぞれの特徴を踏まえた活用のポイントについて解説します。
拡張知能とは?
拡張知能(Augmented Intelligence)は、人間の能力では扱いにくい、あるいは扱いきれない情報を処理し、その結果を人間に伝達することで、人間の意思決定・判断能力の向上を図る技術です。「人間と機械の協働や相互作用」が前提となっており、人間のより正確な意思決定や迅速な問題解決、あるいはさらなる創造性の発揮をサポートします。
簡単な数式や、数の多くない数値データ、少ない文字数の文章であれば、人間がそれを認識し処理する、内容を理解し判断するといったプロセスは数秒〜数分で完了できるでしょう。しかし、膨大な量の数値データや、画像の色味、音声の質といった「違いを知覚しにくい」情報は処理・分析に時間がかかり、また誤った理解や判断をしてしまう場合もあります。このような場合に力を発揮するのが拡張知能で、データの傾向や細かな差異を素早くかつ正確に可視化することで、人間の理解や意思決定、判断を支える役割を果たします。
拡張知能の略称としては「AI」が一般的ですが、人工知能(Artificial Intelligence)も同じくAIとして知られていることから混乱してしまうかもしれません。そのため拡張知能をExtended Intelligenceと訳し、それを略したEIもしくはXIと呼んだり、「知能拡張(Intelligent Amplifier:IA)」と言い換える場合もあります。
人工知能との違いとそれぞれの歴史
拡張知能についての理解を深めるために、人工知能との違いをより詳しく見ていきましょう。前述した通り混同されやすい2つの概念ですが、その目的は大きく異なります。
人工知能は、情報の理解や分析、判断といった「人間の知的行動」を模倣したシステムやアルゴリズムです。特徴として自律的、つまり自ら考え判断し、さらにその結果からさらに学習を深めることが可能であり、人を介さずにタスクを処理することが主な目的とされています。
身近な例としてはチェスや囲碁といったゲームの人工知能が有名ですが、このような決まったルールのもとでパフォーマンスを発揮すべき局面では、時に人間を超えるまでに進化しています。その一方で、複雑な判断やそれに伴う作業の全てを自律的に完了できるほどの技術は確立されていないため、アニメや映画で見るような「人間と同等の知能を搭載したロボット」はまだ存在していません。
これに対して拡張知能は、人間の意思決定を支援し、拡張することを目的としています。結果として作業の効率化や省人化を実現できるものの、人間を代替する、あるいは排除するものではない点が人工知能との大きな違いです。
とはいえ昨今では、一定の自律性を持ちながら、最終的な判断は人間が下すように設計されているAIもあります。人工知能と拡張知能は異なる概念でありながら、しばしば重なり合うものだと言えるでしょう。
拡張知能の根底にある「人間拡張」
拡張知能が「人をサポートするもの」であることはわかりましたが、その根底には人間の身体的、認知的能力をテクノロジーで補完・向上する「人間拡張」という考え方があります。運動能力を拡張するロボットスーツ、知覚を拡張するメガネやコンタクトレンズ、あるいは存在自体を拡張させる遠隔操作ロボットやデジタルアバターなどが代表例です。
人工知能は人間を代替するものとして、「将来的に人間がいらなくなる」不安を感じる方が少なくありません。人間拡張やそこに含まれる拡張知能は人間を主体として発展した技術であり、「人間がより良い未来を実現する」ことに主眼を置いています。
拡張知能の基盤をなす技術としては、機械学習やニューラルネットワーク、これらを通したディープラーニングが代表的であり、人工知能と大きな違いはありません。しかし拡張知能と人工知能はその目的の違いから、互いに異なる視点で発展してきました。
人工知能は自律性が重要となるため、判断の正確性や、それを支える継続的な学習プロセスが重視されます。一方で拡張知能は「人間の判断能力と機械の処理能力を組み合わせること」が重要なポイントとなるため、高度な処理はもちろん、処理した情報を人間がいかに理解しやすい形で伝達するかが重視されています。
一見すると、拡張知能は人の介入が必須である分、人工知能より劣っているのではないかと感じるかもしれません。しかしこれら2つの知能は人間を「拡張」するのか、「代替」するのかという点で目的や役割、目指すべき姿が異なることから、状況に応じて使い分ける技術であると考えるべきです。
拡張知能と人工知能の使い分け
それでは、拡張知能と人工知能はどのように使い分けるのが良いのでしょうか。タスクの性質ごとに、それぞれの向き不向きを整理していきましょう。
柔軟な判断や創造力が求められる場合は「拡張知能」
過去に例が無いような状況が起こりえるタスクや、全く新しいアイデアが求められるようなタスクにおいては、拡張知能の活用が優れています。
拡張知能と人工知能は端的に言えば膨大なデータを学習し、処理・分析することで成り立っていますが、逆に言えばその分析結果もあくまで過去のデータの域を出ず、「全くデータが存在しない状況」においては十分なパフォーマンスを発揮できません。そのため、予想外の状況が発生し得るタスクにおいて人工知能に判断を任せるリスクは大きいでしょう。
また過去のデータに依拠することもあり、コピーライティングや商品企画など「過去に例のないアイデア」を生み出す場合は人間の方が強みを発揮します。このような創造性が求められるタスクにおいては、拡張知能によるサポートに留め、人間が主となって進める方が高いパフォーマンスが期待できるでしょう。
効率化や自動化が最優先の場合は「人工知能」
創造性が求められないタスクにおいて、効率化や自動化を図る場合には人工知能が優れています。人の手を介さない人工知能の強みは人手不足の場合にこそ発揮され、ヒューマンエラーのリスクもほとんどありません。
たとえば製造業の拠点となる工場では、一定のマニュアルに沿って業務が遂行できるような仕組みや設備が整っています。このようにルールに沿った判断や作業を行う場合には人工知能が活躍し、製造や検査、保守管理といった業務の工数削減や、精度向上に果たす役割は計り知れません。
しかし、工場内の状況の全てをデータ化できる訳ではありませんし、さまざまな要因が絡めば「本来はあり得ないトラブル」が起こる場合もあります。ある判断の誤りが重大な損失を招きかねないため、「人工知能を人間がダブルチェックする」といった運用が適切です。
拡張知能の活用例
ここまで拡張知能と人工知能の違いについて紹介してきましたが、具体的に拡張知能がどのようなものなのかというイメージがまだ浮かんでいないかもしれません。そこで拡張知能の活用事例をいくつか紹介しましょう。
データ分析×拡張知能
いわゆるビッグデータと呼ばれるような膨大かつ複雑なデータの処理において、拡張知能はデータの特徴や傾向、そこから得られる示唆などを人間が理解できる形でアウトプットする役割を果たします。
需要予測はその代表例です。過去の購買データや、その背景にあるさまざまな要因を分析するには、統計をはじめとした高度な処理が必要となりますが、拡張知能はこのような処理を迅速に行い、適切な製造量や、それに伴う材料の発注計画、設備の稼働計画などを提案できます。
しかし、需要を予測するには過去の購買データだけでは不十分です。需要には政府の方針や市場のトレンド、競合他社の動向など、多数の要因が複雑に絡んでいるため、需要予測AIは「需要予測の一部を担うことで、人間の最終的な判断をサポートする」ものとなっています。
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画像解析×拡張知能
画像から情報や意味を読み取る解析の過程は数値や言語の解析と異なり、そこから何を読み取るかの視点が人によって異なりやすいと考えられます。ある作業の現場を撮影した画像や映像を目にした際、その作業の経験が浅い人は違和感を感じなくとも、作業に熟練した人であれば自分と違った行動や、トラブルに繋がりかねない動作が隠れていることを発見できるでしょう。
しかし不適切に見えた行動が実は作業の効率を高めている可能性もあれば、何らかの原因により仕方なく行われていたといった場合もあるため、「いつもと違う作業だから不適切だ」と機械的に判断するのは困難です。
拡張知能はこのような場合に活躍し、熟練した作業員でなくとも一律かつ高い精度で画像に含まれる「違和感」を検出できます。これにより、ベテラン作業員が常に作業を監視する必要がなくなり、より機動的な人員配置が可能になる、あるいはその違和感の検証により多くの時間を割けるといった効果が期待できます。
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あるいは画像をより実態に近い形へと変換し、人間の理解や判断を支援するといった視点では、複数の画像から3D空間データを構築するボリュメトリックビデオのような技術も生まれています。
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AR/VR×拡張知能
仮想現実を構築するVRや、現実世界にデジタル情報を付加するARは、拡張知能と非常に相性の良い技術です。データの分析結果をVRやARにより表示できれば、場所を選ばず、リアルタイムに情報を伝達できるため、製造業や建築業といったリモート化が難しい業界における遠隔支援の鍵を握っています。現場のデータをもとに、サイバー空間で現場を再現するデジタルツインはこれらを代表する技術です。
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特にスマートグラスのようなウェアラブルデバイスと組み合わせることで、場所を選ばないメリットはより大きなものとなります。ARを通してマニュアルを表示しながら作業ができる、設備機器の状態を瞬時に読み取り視界に表示する、製品の不具合を即座に検出するといった技術も実現されており、実際に活用している企業も少なくありません。
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拡張知能をよりよく活用するために
拡張知能は人間をサポートすることで、より高いパフォーマンスを発揮する、より負荷を軽減するといった点を目的としています。AIと呼ばれるシステムや機器の導入に際して、人の手が欠かせない業務を前提とした拡張知能に近いものなのか、人の手がなくとも完結できる業務を前提とした人工知能に近いものなのかを検討することで、よりスムーズに運用を進められるでしょう。
人と同様かそれ以上に正確な判断を下す機械的な「知能」と、機械やロボットなどの「肉体」はそれぞれ急速に発展しており、それぞれの発展によって業務に「人が必要かどうか」の判断も変わります。特にビジネスにおいて生産性を高めるためには、技術の発達にアンテナを張り、自社の業務プロセスと設備機械のあり方を常に見直す視野の広さが求められるでしょう。