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貨物自動車運送事業法の基本的な定義
貨物自動車運送事業法は、他人の需要に応じ有償で自動車を使用して貨物を運送する事業について、事業許可・安全確保・取引適正化を定める法律です。まずは、法律の目的と位置づけを理解しましょう。
法律の目的と位置づけ
貨物自動車運送事業法の主な目的は、輸送の安全確保、利用者の利益保護、公共の福祉に資するトラック輸送の健全な発達です。トラック運送事業は、製造業のサプライチェーンを支える重要なインフラであり、その安全性と信頼性を担保するため、国土交通省が事業者に対して許可制度を設けています。
法律は事業運営のルールだけでなく、荷主とトラック事業者の取引関係にも規律を及ぼします。2025年以降の改正では、従来の安全規制に加えて、取引の透明化と適正化が大きな柱として追加されました。これは、多重下請け構造や不当な運賃設定が常態化していた業界構造を是正するための措置です。
主な事業区分と関連用語
貨物自動車運送事業法では、事業形態によって複数の区分が設けられています。主要な事業区分を理解することは、法改正の影響範囲を把握する上で不可欠です。
| 事業区分 | 概要 | 該当例 |
|---|---|---|
| 一般貨物自動車運送事業 | 不特定多数の荷主の依頼に応じトラックで貨物を運送する事業 | 一般的なトラック運送会社 |
| 特定貨物自動車運送事業 | 特定の一つの荷主の貨物のみを運送する事業 | 親会社製品専門の物流子会社 |
| 貨物軽自動車運送事業 | 軽自動車や二輪自動車を使用した有償貨物運送事業 | 軽貨物配送業者 |
| 利用運送事業者 | 自社でトラックを保有せず他の運送事業者に委託する事業 | 物流仲介・手配業者 |
特に重要なのが利用運送事業者の位置づけです。利用運送事業者は自らトラックを運行せず、荷主から貨物を預かり他の運送事業者に委託します。この構造が多重下請けの起点となりやすく、今回の改正で規制が強化されました
事業運営と安全管理の仕組み
貨物自動車運送事業を営むには、運輸局の許可を得る必要があります。許可要件には、営業所、車両、人員、資金、法令遵守体制などが含まれ、事業開始後も継続的に基準を満たさなければなりません。
運行管理では、運行管理者の選任、点呼の実施、乗務時間管理、車両点検などが義務付けられています。2025年改正で導入される許可更新制により、法令遵守状況が定期的にチェックされ、悪質な違反があれば許可取消や更新拒否のリスクが生じます。製造業が物流パートナーを選定する際には、相手方の許可状況や安全管理体制を確認することが重要です。
貨物自動車運送事業法の歴史的変遷と最新改正内容
貨物自動車運送事業法は、戦後の道路貨物輸送の普及とともに整備され、時代の要請に応じて改正を重ねてきました。近年の改正は、物流2024年問題を背景とした構造改革の一環として位置づけられます。
物流2024年問題と改正の背景
物流2024年問題とは、働き方改革関連法によりドライバーの時間外労働上限規制が強化され、2024年以降に人手不足と輸送力不足が顕在化する課題を指します。規制緩和期に参入事業者が急増し、過当競争による低運賃構造が定着した結果、長時間労働と多重下請けが常態化していました。
政府は「物流革新に向けた政策パッケージ」を打ち出し、法改正により取引構造の是正に乗り出しました。製造業にとっては、物流コストの上昇と取引条件の見直しが避けられない状況です。
2025年改正の主なポイント
2025年4月に公布された改正貨物自動車運送事業法では、取引の透明化と多重下請け構造の是正が主眼とされています。主な改正内容は以下の通りです。
- 実運送体制管理簿の作成義務化(元請事業者対象)
- 契約書面の交付義務化(荷主・トラック事業者・利用運送事業者対象)
- 利用運送事業者に対する管理規程作成と責任者選任の義務化
- 多重下請けの透明化と不当な手数料の抑制
実運送体制管理簿は、どの事業者が何次請けとして運送しているかを記録する簿冊です。対象となるのは真荷主から依頼された貨物重量が1.5t以上のもので、元請事業者が自ら全て運送する場合は作成不要です。契約書面には、運送区間、貨物内容、積込・荷降ろし等の附帯業務とその対価を明記することが求められます。従来の口約束や包括契約から、文書化とコスト内訳の明示へと実務が転換します。
2025年の改正と適正原価運賃制度
2025年6月に成立したトラック適正化関連法では、さらに踏み込んだ構造改革が打ち出されました。主要な柱は、許可更新制の導入と適正原価に基づく運賃制度の整備です。下記は、主な制度とそれぞれの企業への影響を表した表になります。
| 制度 | 内容 | 企業への影響 |
|---|---|---|
| 許可更新制 | 定期的に事業許可を更新し法令遵守状況を審査 | 取引先の選定・管理強化が必要 |
| 適正原価運賃制度 | 安全・労務コストを反映した運賃水準の確保 | 物流コスト上昇と価格転嫁の検討 |
| トラック適正化法 | 国の基本方針と支援体制の整備 | 政策動向の継続的な把握 |
適正原価運賃制度は、燃料費、人件費、安全投資などを適正に反映した運賃水準を確保する仕組みです。これにより、従来の「安値競争」から「安全・品質を前提とした適正価格」への転換が法的に後押しされます。荷主企業は、運賃上昇を受け入れると同時に、自社の物流効率化や価格転嫁戦略を検討する必要があります。
企業が直面するリスクと対応のポイント
貨物自動車運送事業法の改正は、運送事業者だけでなく、荷主企業にも直接的な義務と影響を及ぼします。製造業の大企業は、取引先管理とコンプライアンス体制の整備が求められます。
荷主企業に課される新たな義務
改正により、荷主に対しても契約書面の交付義務が課されました。荷主がトラック事業者や利用運送事業者と契約する際、運送区間、貨物内容、附帯業務の有無と内容、役務ごとの対価を明記した書面を交付しなければなりません。
物流総合効率化法との連携により、一定規模以上の荷主は「特定事業者」に指定され、中長期物流効率化計画の策定と国への定期報告が義務化されています。また、自社物流を統括する物流統括管理者の選任も必要です。製造業の大企業は、物流部門の体制強化と、経営層を巻き込んだ物流戦略の見直しが急務となります。
実運送体制管理簿への対応
実運送体制管理簿は元請事業者に作成義務がありますが、荷主企業も間接的に影響を受けます。元請事業者が管理簿を適切に作成するには、荷主からの情報提供が不可欠だからです。貨物の内容、運送区間、重量などの情報を正確に伝達する必要があります。実運送体制管理簿に関して荷主が押さえておくべきポイントは、以下のとおりです。
- 貨物情報の正確な提供(重量、内容、区間)
- 附帯業務の内容と範囲の明確化
- 実運送事業者の階層構造の把握と確認
- 管理簿の記録保存と監査対応の準備
多重下請けが発生している場合、末端の実運送事業者まで含めた安全性やコンプライアンス状況を確認することが、サプライチェーンリスク管理の観点から重要です。荷主として、元請事業者に管理簿の開示を求める権利を行使し、取引構造の透明性を確保しましょう。
コンプライアンス体制の整備
法改正に対応するには、社内の物流管理体制を見直す必要があります。契約書面の作成・管理、物流統括管理者の選任、効率化計画の策定など、新たな業務プロセスの構築が求められます。
特に重要なのが、物流取引先の評価基準の見直しです。従来の価格重視の選定から、法令遵守状況、安全管理体制、労働環境への配慮を含む総合評価へと転換することが、持続可能な物流パートナーシップの構築につながります。定期的な監査や情報交換を通じて、取引先の状況をモニタリングする仕組みを整えましょう。
物流コスト上昇への対応と効率化戦略
適正原価運賃制度の導入により、物流コストの上昇は避けられません。企業は、コスト増を吸収する効率化策と、価格転嫁戦略を並行して進める必要があります。
物流効率化の具体的な施策
物流総合効率化法は、モーダルシフト、共同配送、物流拠点の統廃合など、物流の総合化・効率化を推進しています。製造業が取り組むべき効率化施策には、以下のようなものがあります。
| 施策 | 内容 | 期待効果 |
|---|---|---|
| モーダルシフト | トラックから鉄道・船舶への輸送手段の転換 | CO2削減、長距離輸送コスト削減 |
| 共同配送 | 複数企業での配送ルート・車両の共有 | 積載率向上、配送回数削減 |
| 物流拠点最適化 | 拠点の統廃合と配置の見直し | 在庫削減、輸送距離短縮 |
| DX・標準化 | 配車システム、電子契約、データ連携の導入 | 業務効率化、リードタイム短縮 |
物流DXの推進は、実運送体制管理簿や契約書面の管理をデジタル化する契機となります。配車管理システム、電子契約、電子インボイスの導入により、事務コストの削減と情報の透明性向上を同時に実現できます。物流データの可視化は、ボトルネックの特定と改善策の立案を可能にし、継続的なPDCAサイクルを回す基盤となります。
価格転嫁と取引交渉のポイント
物流コストの上昇を自社だけで吸収するのは困難であり、顧客や取引先との価格交渉が必要です。適正原価運賃制度は、運賃上昇の正当性を裏付ける根拠となります。
価格転嫁の交渉では、単なるコスト増の転嫁ではなく、物流品質の向上、安定供給の確保、ESG対応といった付加価値を併せて訴求することが効果的です。契約書面の明確化により、附帯業務や待機時間などの「見えないコスト」が可視化されるため、適正な対価の請求根拠が明確になります。
サプライチェーン全体での最適化
物流効率化は、自社単独ではなくサプライチェーン全体で取り組むことで効果が最大化されます。荷主、元請、実運送事業者、顧客が連携し、発注タイミングの平準化、リードタイムの見直し、パッケージの標準化などに取り組むことが重要です。サプライチェーン全体で取り組むべき最適化施策は、以下のとおりです。
- 発注の平準化による積載率向上
- リードタイムの見直しと納期の柔軟化
- パレット・荷姿の標準化による荷役効率向上
- 情報共有システムの導入と予測精度の向上
特に製造業では、生産計画と物流計画を連動させることで、無駄な輸送や在庫を削減できます。サプライチェーン全体での情報共有と協働により、物流コスト増を抑えながら品質と納期を維持する体制を構築しましょう。
今後の展望と企業が取るべきアクション
貨物自動車運送事業法の改正は、物流業界の構造改革の始まりに過ぎません。今後も政策動向を注視しながら、中長期的な物流戦略を構築する必要があります。
ESGとサステナビリティへの貢献
貨物自動車運送事業法の改正は、ESG経営の観点からも重要な意味を持ちます。適正な労働環境、安全投資、環境配慮型輸送の推進は、企業の社会的責任を果たす取り組みとして評価されます。
投資家や顧客は、サプライチェーン全体のサステナビリティに注目しており、物流パートナーの選定や取引条件の適正化は、企業価値の向上につながります。モーダルシフトや共同配送によるCO2削減、ドライバーの労働環境改善、多重下請け構造の是正といった取り組みを、統合報告書やサステナビリティレポートで積極的に開示することが求められます。
企業が今すぐ取るべきアクション
貨物自動車運送事業法の改正に対応するため、企業が今すぐ取るべきアクションをまとめます。
- 物流統括管理者の選任と体制整備
- 契約書面の様式作成と取引先への周知
- 実運送体制管理簿の作成プロセスの構築
- 物流取引先の評価基準の見直しと選定
- 物流効率化計画の策定と社内承認
- 物流DXツールの選定と導入計画の立案
- 価格転嫁のシミュレーションと交渉戦略の準備
これらのアクションは、物流部門だけでなく、経営層、調達部門、営業部門、IT部門など、全社横断で取り組む必要があります。物流を「コストセンター」から「競争力の源泉」へと位置づけ直し、経営戦略の中核に据えることが、企業にとって非常に大切となります。
まとめ
貨物自動車運送事業法は、2025年の改正により、取引の透明化、多重下請け構造の是正、適正原価運賃制度の導入など、大幅な規制強化が行われます。2026年前後の本格施行に向けて、製造業の大企業は、契約書面の交付、実運送体制管理簿への対応、物流統括管理者の選任など、新たなコンプライアンス義務を果たす必要があります。
貨物自動車運送事業法の改正は、物流業界の構造改革の始まりです。最新の政省令やガイドラインを継続的にチェックし、早期に対応体制を整えることが、競争優位の確保につながります。物流を経営戦略の中核に据え、全社横断での取り組みを進めることで、法改正を企業変革の契機としましょう。
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