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MSA(測定システム解析)の定義
MSAとは、測定システム全体の品質を評価・改善するための統計的手法です。測定機器の精度だけでなく、測定者のスキル、測定方法、測定環境など、測定プロセスに関わるあらゆる要素を総合的に分析します。
品質管理における役割
製造業における品質管理では、測定データが工程判断や製品の合否判定の根拠となるため、測定システムの信頼性は極めて重要です。測定システムに問題があれば、合格品を不合格と判定したり、逆に不良品を見逃したりするリスクが生じます。
MSAは単なる測定機器の校正とは異なります。校正は測定機器の精度を標準器と比較して確認する作業ですが、MSAは測定システム全体のばらつきや偏りを統計的に評価し、測定データの妥当性を検証します。このアプローチにより、測定結果が真の値をどの程度正確に反映しているかを定量的に把握できるのです。
測定システムの構成要素
測定システムは、測定機器、測定者、測定手順、測定環境、測定対象物の5つの要素で構成されます。これらの要素が相互に影響し合い、測定結果のばらつきや偏りを生み出します。
測定機器の性能が優れていても、測定者の技量が不足していたり、測定環境が不安定であったりすれば、測定データの信頼性は低下します。MSAでは、これら全ての要素を考慮して、測定システム全体の健全性を評価します。
品質管理におけるMSAの重要性
品質管理では、測定データに基づいて工程能力指数(Cp、Cpk)や統計的工程管理(SPC)の管理図を作成し、工程の安定性や能力を評価します。しかし、測定システム自体にばらつきや偏りがあれば、これらの評価指標も正確性を失います。
MSAを実施することで、測定誤差が工程ばらつきに占める割合を明確化し、真の工程能力を把握できます。また、測定システムの改善によって、不必要な工程調整や手直し作業を削減し、コスト削減にもつながります。
国際規格とMSAの関係
IATF16949(自動車産業品質マネジメントシステム規格)では、MSAは必須の品質管理コアツールとして位置づけられています。新規または変更された測定システムに対して、統計的手法を用いた解析が要求されており、測定誤差の評価結果を文書化し、継続的に監視する必要があります。
このため、自動車業界をはじめとする多くの製造業では、MSAの実施が標準的な品質管理プロセスとして定着しています。また、校正とMSAは、どちらも測定の正しさを確認する手法ですが、目的と範囲が異なります。下記の表を参考にしてみてください。
| 項目 | 校正 | MSA | 
|---|---|---|
| 目的 | 測定機器の精度確認 | 測定システム全体の信頼性評価 | 
| 評価対象 | 測定機器のみ | 機器・測定者・手順・環境を含む | 
| 評価方法 | 標準器との比較 | 統計的手法による誤差分析 | 
| 実施頻度 | 定期的(年1回など) | 新規・変更時および定期的 | 
測定誤差の5要素とその評価方法
MSAでは、測定誤差を5つの要素に分類して評価します。それぞれの要素は、測定システムの異なる側面を表しており、これらを個別に分析することで、誤差の根本原因を特定し、効果的な改善策を講じることができます。ここでは、繰り返し性、再現性、偏り、直線性、安定性の5要素について、その意味と評価方法を詳しく解説します。
繰り返し性(Repeatability)
繰り返し性とは、同一の測定者が同じ測定機器を用いて、同じ対象物を短時間に繰り返し測定したときのばらつきを表します。これは測定機器そのものの精度や安定性を反映する指標です。繰り返し性が悪い場合、測定機器の劣化、測定環境の不安定さ、測定手順の不明確さなどが原因として考えられます。評価には、同一測定者が同一サンプルを複数回測定し、その標準偏差や範囲を計算する方法が用いられます。
再現性(Reproducibility)
再現性とは、異なる測定者が同じ測定機器を用いて、同じ対象物を測定したときのばらつきを表します。これは測定者間のスキルや測定方法の解釈の違いを反映します。再現性が悪い場合、測定手順の標準化不足、測定者の訓練不足、測定方法の曖昧さなどが原因となります。評価には、複数の測定者が同一サンプルを測定し、測定者間のばらつきを分散分析などで評価する方法が用いられます。
偏り(Bias)
偏りとは、測定システムによる測定値の平均と真の値との差を表します。測定システムが系統的に高めまたは低めの値を示す場合、偏りが存在します。偏りの原因には、測定機器の校正不足、測定手順の誤り、測定環境の影響などがあります。評価には、既知の基準値を持つサンプルを複数回測定し、測定値の平均と基準値の差を統計的に検定する方法が用いられます。
直線性(Linearity)
直線性とは、測定範囲全体における測定値のずれを評価する指標です。測定範囲の低い領域と高い領域で偏りが異なる場合、直線性に問題があります。直線性の評価には、測定範囲全体をカバーする複数の基準サンプルを測定し、各測定点での偏りを求め、測定値と偏りの関係を回帰分析で評価します。直線性が不良の場合、測定機器の校正範囲の見直しや、測定範囲の分割などの対策が必要です。
安定性(Stability)
安定性とは、時間の経過に伴う測定システムのばらつきや偏りの変化を表します。長期間にわたって同一の基準サンプルを測定し、測定値の変動を監視することで評価します。安定性が悪い場合、測定機器の経年劣化、測定環境の季節変動、測定者のスキル変化などが原因となります。安定性の評価には、管理図を用いた長期的なモニタリングが有効です。
- 繰り返し性:同一測定者・機器・短時間での測定ばらつき
- 再現性:異なる測定者間での測定ばらつき
- 偏り:測定値平均と真の値との系統的な差
- 直線性:測定範囲全体での偏りの一貫性
- 安定性:時間経過に伴う測定システムの変動
MSAの実施手順と現場での活用ポイント
MSAを効果的に実施するには、計画段階から改善アクションまで、体系的なアプローチが必要です。単に統計的手法を適用するだけでなく、測定システムの目的や現場の実態を踏まえた計画立案、適切なデータ収集、結果の解釈と改善策の実行が重要です。ここでは、MSAの実施手順と、現場で成功するためのポイントを具体的に解説します。
計画段階での準備
MSAの計画段階では、測定システムの目的、測定対象、評価基準を明確にし、適切なサンプルと測定者を選定することが重要です。測定範囲全体をカバーするサンプルを選び、測定者は実際に測定業務を担当する者を選定します。
また、測定順序のランダム化や、測定者へのサンプル情報の非開示などにより、測定の偏りを最小限に抑える工夫も必要です。計画段階での準備不足は、不適切なデータ収集や誤った結論につながるため、十分な時間をかけて検討します。
データ収集の実施
データ収集では、計画に基づいて測定を実施し、測定条件や測定順序を正確に記録します。繰り返し性の評価では、同一測定者が各サンプルを複数回測定し、再現性の評価では複数の測定者が同じサンプルを測定します。
測定環境や測定機器の状態も記録し、異常があれば速やかに対処します。データ収集の精度がMSA結果の信頼性を左右するため、測定手順の遵守と丁寧なデータ記録が求められます。
統計的分析と評価
収集したデータを用いて、各測定誤差要素を統計的に分析します。繰り返し性と再現性の評価には、ゲージR&R(Repeatability and Reproducibility)分析が広く用いられます。
ゲージR&Rでは、測定システムのばらつきが全体ばらつきに占める割合を%GRRとして算出し、一般的には%GRRが10%未満であれば測定システムは良好、30%を超える場合は改善が必要と判断されます。偏り、直線性、安定性についても、それぞれ統計的検定や回帰分析、管理図を用いて評価します。
改善アクションの実施
分析結果に基づいて、測定システムの改善アクションを計画・実施します。繰り返し性に問題がある場合は、測定機器のメンテナンスや交換、測定手順の見直しを行います。再現性に問題がある場合は、測定者の訓練強化や、測定手順の標準化を進めます。偏りが検出された場合は、測定機器の校正や測定方法の見直しが必要です。改善後は再度MSAを実施し、改善効果を検証することで、継続的な測定システムの品質向上を図ります。
以下の表は、改善のステップを示しています。
| ステップ | 主な活動 | 成功のポイント | 
|---|---|---|
| 計画 | 目的明確化、サンプル選定、測定者選定 | 測定範囲全体をカバーするサンプル選定 | 
| データ収集 | 測定実施、測定条件記録 | 測定順序のランダム化、測定手順の遵守 | 
| 分析 | ゲージR&R分析、偏り評価 | 適切な統計手法の選択、結果の正しい解釈 | 
| 改善 | 原因特定、対策実施、効果検証 | 根本原因の特定、改善後の再評価 | 
多品種少量生産でのMSA活用と注意点
多品種少量生産の現場では、製品種類が多く、生産ロットサイズが小さいため、MSAの実施に特有の課題があります。標準的なMSA手法では多数のサンプルと測定回数が必要となり、実務上の負担が大きくなる場合があります。ここでは、多品種少量生産環境でのMSA実施方法と、実務上の工夫ポイントを解説します。
サンプル数削減の工夫
多品種少量生産では、製品ファミリーごとに代表サンプルを選定し、そのサンプルでMSAを実施することで、評価負担を軽減できます。製品特性が類似した製品群をグループ化し、各グループから代表的な製品を選びます。
また、測定範囲の両端と中央付近からサンプルを選定することで、少数のサンプルでも測定範囲全体をカバーできます。ただし、この方法では評価精度がやや低下するため、リスクの高い製品や特性については個別にMSAを実施することも検討します。
簡易MSA手法の活用
標準的なゲージR&R分析では、3人の測定者が10個のサンプルを各3回測定するなど、90回の測定が必要です。多品種少量生産では、この負担を軽減するため、簡易MSA手法を活用できます。
測定者数を2人、サンプル数を5個、測定回数を各2回に削減することで、測定回数を20回に抑えられます。簡易手法では評価精度が低下しますが、測定システムの大まかな妥当性を確認する目的においては十分有効です。
MSA結果の横展開
同一の測定機器と測定方法を用いる複数の製品に対しては、MSA結果を横展開できる場合があります。ある製品でMSAを実施し、測定システムの妥当性が確認できれば、測定条件が類似した他の製品にもその結果を適用します。
ただし、測定対象物の形状や材質が大きく異なる場合、測定誤差の特性も変わる可能性があるため、定期的に異なる製品でMSAを実施し、結果の妥当性を確認することが重要です。MSA結果の横展開における主な活動は以下のとおりです。
- 製品ファミリーごとの代表サンプル選定
- 簡易MSA手法による評価負担軽減
- 類似製品へのMSA結果横展開
- リスクベースでの重点管理製品の選定
- 定期的な横展開結果の妥当性確認
まとめ
MSA(測定システム解析)は、測定データの信頼性を確保するための重要な品質管理手法です。測定機器だけでなく、測定者、測定方法、測定環境を含めた測定システム全体を統計的に評価し、繰り返し性、再現性、偏り、直線性、安定性の5つの観点から測定誤差を定量化します。
製造業の品質管理では、測定データに基づいて工程管理や製品の合否判定が行われるため、測定システムの信頼性が極めて重要です。MSAを実施することで、測定誤差の影響を明確化し、真の工程能力を正確に評価できます。
MSAの効果を最大化するには、計画段階での適切なサンプル選定、正確なデータ収集、統計的分析に基づく改善アクションの実施、そして継続的な測定システムの監視が重要です。MSAを実践することで、不良品の流出防止、コスト削減、顧客信頼の向上といった具体的な成果を実現し、持続的な品質向上につなげることができます。
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