製造業において品質管理(QC)は非常に重要な課題であり、設備稼働とは別に品質管理のためのミーティングを行う、日々改善策を出し合うといった取り組みを行っている企業も多いのではないでしょうか。
このような取り組みでは大小さまざまな改善案が生まれますが、その中から本当に取り組むべき施策を判断するのは難しいことです。しかしそのような場合に「マトリックス図法」と呼ばれるフレームワークを用いることで、判断をより素早く、正確に行うことができます。本記事ではこのマトリックス図法について詳しく紹介します。
マトリックス図法とは
マトリックス図法は、解決すべき課題に対して、そのための手段や性質(期待できる効果、費用、効果が出るまでの時間など)といった要素を定め、それぞれの要素間の関連度や評価を明確にすることで、問題解決を目指す手法です。
言葉での説明ではイメージしにくいため、まずはマトリックス図のサンプルを見てみましょう。
この図は、「発生している問題点」と「考えられる原因」をリストアップし、どの問題に対してどの原因が大きく関係しているのかを整理するマトリックス図の例です。特定の問題点と原因に関連性がある場合に、その強さを◎、○、△、×といった記号で表現しています。
このようにマトリックス図法においては、関連性のある2つの要素(上の例では問題点と原因)を行と列に記載し、それぞれの交点に関連の大きさを記入することで課題を整理します。また、ここから行や列ごとに記入した内容を集計することで、「最もシンプルに解決できる問題」や「真っ先に対処すべき原因」は何かといった着想を得ることも可能です。
マトリックス図法は新QC7つ道具の1つ
マトリックス図法は、品質管理の分野で広く用いられる「新QC7つ道具」の1つに数えられています。
「新QC7つ道具」とは、言語データを図に整理することによって、定性的な視点から品質管理における問題の解決を目指す7つのフレームワークです。従来は定量的なデータを分析するための手法である「QC7つ道具」が重視されていましたが、現場における品質管理の課題解決では必ずしも全てのデータを定量化できないことから、従来の手法に対して「新」と称したこれらのフレームワークが生まれました。
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分析手法名 | 適した目的 |
親和図法 | 課題の構造化と明確化 |
連関図法 | 課題の因果関係の発見 |
系統図法 | 課題に対する手段の階層構造の整理 |
アローダイアグラム | 順序や時系列に沿った要因(作業)の把握 |
PDPC法 | 想定される結果と結果に応じた代替案の整理 |
マトリックス法 | 要素の関係性の整理 |
マトリックスデータ解析法 | 2つ以上のデータの統計分析 |
【手順表】マトリックス図の作り方
それでは、実際にマトリックス図を用いた分析の進め方について解説します。今回は一例として「ボルトの締め付けミスが多い」という課題を考えることにしましょう。
評価項目を決める
まずは解決すべき課題に対し、分析対象となる要素を抽出します。今回の場合は次のような要素が考えられます。
1,ミスが発生している原因
- 作業者のスキルが不足している
- 作業者の注意力散漫
- 作業工程に余裕がない
- 工具の性能が低い
2,考えうる対策
- 定期的な技能講習を実施する
- 複数名による作業チェックを行う
- 作業者の作業量を減らし、余裕を持たせる
- 既存の工具や設備に簡単な改良を加える
- 既存の工具や設備を新しいものに切り替える
3,対策を実施する上で考慮すべき性質
- 対策に要するコスト(生産性の低下)
- 対策にかかる時間
- 対策により見込める効果
4,対策によって新たに生じるリスク
- 作業の遅延
- 人員の不足
- 他のミスの発生
マトリックス図の種類を決める
次に分析対象とする要素の数に応じて、用いるべきマトリックス図の種類を選択します。マトリックス図の種類としては、以下の4種類が代表的です。
L型
L型は2つの要素を分析する場合に使用する最も基本的なマトリックス図で、一方の要素を縦軸に、もう一方を横軸に配置します。
T型
T型は3つの要素を分析する場合に使用しますが、全ての要素の組み合わせを考慮するのではなく、A×B、A×Cのように1つの要素に対して残り2つの要素との組み合わせを評価します。そのため形はL型のマトリックス図を2つを組み合わせたような形となり、ある要素のメリットに対してデメリットやリスクを考慮するといった場合にしばしば活用されます。
Y型
Y型も3つの要素を分析しますが、T型と異なりA×B、A×C、B×Cといったそれぞれの要素の組み合わせを分析します。3つの要素全てが相互に関係する「より複雑な問題」を分析する際に適した種別ですが、このような場面は限られており、L型もしくはT型のマトリックス図を用いる機会の方が多いでしょう。
X型
X型は4つの要素を分析する場合に使用します。A×B、B×C、C×D、D×Aといったイメージですが、これは言い換えれば「2つの要素の分析を4回行う」ことであり、マトリックス図の形態としてもL型の4つを組み合わせたような形となります。
評価項目を図に書き込む
選択したマトリックス図の形式に沿って、評価項目を図に配置します。先に紹介した各型のイメージ画像ではすでに項目を入力していますが、実際には手書きや作図・分析などの機能をもつソフトウェアでマトリックス図を作成したのち、それぞれの評価項目を記入、入力していきます。
交点に対して評価を書き込む
各要素の交点に対して、それぞれの要素の関連性を示す定量的な数値や定性的な記号(◎、○、△、×)で評価を記入します。実際に先に紹介したL型のマトリックス図をベースに、評価を入力してみましょう。
定量的な数値は必ずしも実際のデータである必要はなく、1〜10で評価した相対的な尺度でも問題ありません。◎や○といった記号はそのような相対評価も難しいような場合、あるいは細かな違いを一旦抜きにして、図をより「直感的に理解できる」形としたい場合に適しています。
評価に点数を振り分け集計する
ここまでの作業で、それぞれの要素の関連性を整理することができました。しかし実際の現場で用いる際には、その関連性を踏まえて「どのような判断を下すか」の方がむしろ重要で、そのためには記入した内容を行や列ごとに集計する必要が生じます。
数値を記入している場合はそのまま集計すれば問題はありませんが、定性的な記号を使用している場合はそれぞれの記号を数値に変換することで集計を行います。たとえば、◎は5点、○は3点、△は1点、×は0点とみなす…といったイメージです。
点数をもとに判断する
最後に集計結果をもとに、優劣や優先順位をはじめとした「課題解決の示唆」を分析します。
今回の例においては、行(ミスの原因)の点数が高いほどさまざまな対策が考えられる「対処しやすい原因」となり、逆に点数が低い原因は「対処が難しい原因」です。列(対策)の点数は対策により防ぎうる原因を表しているため、点数が高いほど効果の大きい施策であると考えることができます。
つまり、原因と対策の2要素のみで考えた場合
- 注意力散漫は対策が難しいため、特に注力して策を講じる必要がある
- 新しい工具や設備を導入すれば、多くのミスの原因を解消できる
といった示唆を得ることができるでしょう。
もちろん、新しい工具や設備の導入はコストも要するため、必ずしもすぐに実施できる施策ではありません。このような場合には2つの要素にプラスして対策ごとの性質を分析したT型のマトリックス図に発展するなど、さらなる分析を行うことで課題解決を進めていきます。
マトリックス図法の特徴
マトリックス図法は新QC7つ道具にも数えられる通り、さまざまな長所やメリットのある手法です。その一方で要素の関連性をシンプルにまとめる性質上、いくつかのデメリットが生じることも知っておかなければなりません。
マトリックス図法の長所・メリット
情報と関係性の素早い整理
関連する情報とその関係性を迅速かつシンプルに整理できる点はマトリックス図法の最大のメリットです。言語化が難しい情報であっても数値や記号でシンプルに表現できるため、課題とそれに伴う要素を誰にでもわかりやすく、判断を下しやすい形にまとめることができます。
短時間でも実施が可能
マトリックス図法のもう一つの優れた点として、短時間でも実施できる点があげられます。このことは製造業において特に重要で、まとまったミーティングの時間を取らずとも、始業直後や就業間際の短い時間を活用する、設備トラブルなどで稼働が停止している数分〜数十分の間に分析を行うといった対応が可能です。
コミュニケーションの活性化
マトリックス図はそのわかりやすさから、たとえ知識や経験が浅くても内容を十分に理解することができます。そのため課題解決に向けて誰もが積極的に発言でき、チーム内での活発なコミュニケーションを促す効果も期待できるでしょう。
マトリックス図法の短所・デメリット
細かい情報の見落とし
マトリックス図法においては要素の抜け漏れや記号化した際の「細かな違い」の見落としが発生する懸念があります。したがって、限られた要素の関連性のみに焦点を当てたマトリックス図法による分析結果はあくまで「1つの示唆」であると考えておきましょう。
評価基準のずれ
マトリックス図で◎などの記号を用いた場合、評価者の主観や解釈の違いにより基準がずれる可能性があります。したがって、評価基準を事前に周知する、あるいは集計した点数が僅差の場合は再度評価に問題がないか確認するといった対策が必要です。
マトリックス図法で課題解決をスピーディに!
マトリックス図法は誰でも手軽に実施できる簡潔さが特徴であり、うまく活用することで課題解決素早く行うことができます。日々の品質管理においてはもちろん、作業の効率化や生産性の向上といった異なる目的においても大活躍することは間違いありません。
複数のメンバーが関わる現場において、品質管理の共通認識をもつためには、複雑な問題をいかに視覚化するかが重要です。実際に行動する時間を確保するためにも、マトリックス図法を用いた情報整理に取り組んでみてください。