近年、OpenAIが開発した対話型生成AI「ChatGPT」をはじめとして、生成AIがビジネスの世界へと急速に広がっています。製造業に目を向けると、従来のAI技術は既にFA(ファクトリーオートメーション)の領域で変革を牽引していますが、生成AIと製造業がもたらす可能性にはまだ探求の余地がある状況です。
未開の地とも言える「製造業×生成AI」の領域ですが、それでも実用化への道筋は確実に形成されつつあります。本記事では、この興味深い組み合わせが製造業にどんな変革をもたらすのか、具体的な活用法や事例とあわせて紹介します。
生成AIのビジネスにおける役割
生成AIは情報の取得や暗黙知の言語化、データ分析やアイデアの創出など、多岐にわたる活用が期待されています。まずは生成AIがビジネスにおいて果たす役割を見ていきましょう。
情報の管理と検索
ChatGPTのような対話型の生成AIを用いることで、知りたい情報を自然な会話の中で取り出せます。特別な操作は不要で、専門的な知識がなくても使いやすいのが特徴です。
たとえば、あるトピックに関する情報を知りたいとき、誰かに質問をするのと同じようにChatGPTにメッセージを送るだけで簡単に答えが返ってきます。
業務に必要な経験や感覚の言語化
製造工程や品質管理の現場には、個人の経験や感覚にもとづくノウハウなど文書やデータとして体系化されていない「暗黙知」が数多く眠っています。生成AIは、これらの情報を整理し言語化のサポートを行えるでしょう。
各種データ分析
データの分析は生成AIだけでなく、従来のAIも含め得意としている分野の1つです。その中でも生成AIの特徴は分析結果を言葉や画像で伝えられる点にあり、分析結果を誰もが理解しやすい形で生成することができます。
アイデアの創出
過去の事例やノウハウを学習することで、AIが新しい製造アイデアを誘発することが期待できます。現時点でAIが人間の創造性を超えることは難しいですが、アイデア出しのサポートとして利用するには十分な役割を果たすでしょう。AIの回答から新しい視点や、情報の組み合わせのヒントを得られる可能性があります。
製造業における生成AIの活用例
生成AIには多くの役割が期待されていますが、製造業においてはどのように生成AIが活用されているのでしょうか。
製造マニュアルの活用サポート
通常、製造現場ではマニュアルや作業手順書を使って作業を管理し新人教育を行っています。紙のマニュアルや電子ファイルでデータを管理し、必要なデータを検索するのは時間がかかるため、確認や修正、変更のたびに大きな負担となるでしょう。
しかし、生成AIに各種マニュアルを学習させることで、作業手順やトラブル時の対応方法をすぐに検索し、工程管理の強化、トラブルからの復旧を迅速に進められます。
製造にまつわるナレッジベースの構築
ナレッジベースの構築にも生成AIは効果的です。製造業ではマニュアルだけでなく、個人のスキルや経験によって品質や生産性が保たれている場合があります。また、安全管理の観点から事故やヒヤリハットの事例の全体共有が欠かせません。
生成AIを使って構築したナレッジベースは、さまざまな情報を集約し、誰もが活用できる形で管理するため、生産性の向上や職場の安全を確保するための重要なツールとして活用できます。
商品開発や製造企画のアイデアの源泉として
製造にまつわる新たなアイデアは、多くのスタッフが知識を共有する中で生まれます。
しかし、生産計画を達成しつつアイデア出しの時間を確保するのは容易ではありません。その場合、生成AIの活用によって時間を節約しながらもさまざまなアイデアを生み出せます。
実際の生成AI活用事例
活用方法についてよりイメージを深めるため、実際に生成AIの技術を活用して業務の効率化や新しいサービスの開発を進めている企業の事例を見ていきましょう。
ナレッジベース×ChatGPTで改善・効率化アイデアを創出(旭鉄工)
旭鉄工は、ChatGPTを活用してナレッジベースの情報を整理し、新しい改善や効率化のアイデアを創出しました。これにより、企業の業務プロセスやサービスの質を向上させられます。
たとえば、過去のトラブルシューティングの情報をもとに、類似の問題が発生した際の対応策をAIが提案できるのです。
参考:ChatGPTで製造現場カイゼンを簡単に、過去事例や注意点を引き出す生成AI活用事例:製造現場向けAI技術(1/2 ページ) – MONOist
3Dモデルや設計図面の品質チェック(プラスゼロ×アビスト)
プラスゼロとアビストは共同で、生成AI技術と3D-CAD技術を組み合わせた製造業の品質・生産性向上サービスを開発しています。
具体的には、3Dモデルや設計図面の品質チェックを自動化する技術を開発しており、これにより設計ミスを減少させました。また、品質検査で用いられるチェック項目の文章をAIで解析して標準化することでミスを低減し、品質向上に寄与します。
参考:生成AIとAEIを組み合わせて製造業の品質・生産性を向上
既存レシピとユーザーの「好み」から新たなレシピを生成(マックミラ・ディスティラリー)
スウェーデンのマックミラ・ディスティラリーは、マイクロソフトと共同でAIを利用し、ウイスキーの新しいレシピを開発しています。
具体的には、既存のレシピや販売データ、顧客の好みの情報を基に、AIが7000万以上の新しいレシピを生成することができます。これにより、消費者の好みに合わせた最適な商品選択が可能になりました。
参考:スウェーデンのウイスキーメーカー、AIを使って究極のブレンデッドウイスキーを目指す – fabcross for エンジニア
生成AI活用のポイント
さまざまな活用が期待できる生成AIですが、導入に際しては社内制度やシステム面、運用面で押さえておくべきポイントがいくつか存在します。
経験やノウハウを集積する仕組みを整える
多くの生成AIは一般的な情報にもとづいてアウトプットを生み出すため、自社独自のニーズに合わせて活用するためには自社の持つデータとAIを結びつける必要があります。
たとえば、製品や製造工程に関する情報はもちろん、日々の出来事やスタッフの知識も貴重なデータソース。社内の情報管理を見直すほか、日報やインシデントレポートなど、日々の情報を効率的に収集する仕組みを作ることで、AIにより多くのデータを学習させることができるでしょう。
社内インフラの整備
自社のデータをAIに取り込むには、セキュリティを確保しつつ、外部のシステムやサービスとの連携をスムーズに行えるような社内インフラの構築が必要となります。
社内インフラの整備は自社内だけでは困難なため、開発会社のサポートを受けると不安なく進められます。
AIを活用方法や命令文(プロンプト)の定型化
ChatGPTなどの対話型AIは人と自然に会話することが強みですが、回答の精度はまだ十分ではありません。同じ内容でも、指示の仕方によっては異なる情報が返されます。そのため、AIに対する命令文や質問の方法を定型化し、社内で共有することで、生成AIの回答の精度を安定させられるでしょう。
活用時の注意点
多くの可能性をもつ生成AIですが、情報セキュリティや法的なリスクがある点も把握しておかなければなりません。最後に、活用にあたっての注意点を紹介します。
事実確認には不向き
生成AIは誤った情報や嘘の情報を生成することがあるため、一般的な事実の確認には不適切です。事実に関する情報を得る際は、従来の検索エンジンや印刷物を頼りにするほうが確実。
生成AIは、情報の検索や要約、アイデアの創出には役立ちますが、生成した情報には事実確認が必要だと考えておきましょう。
他社の権利侵害の防止
近年、画像生成AIが著作権を侵害する画像やイラストを生成するケースが増えています。製造業でも、生成AIが提案するアイデアが他社の知的財産権を侵害する可能性が否定できません。
特に、特許や産業財産権に関する問題が考えられるため、生成AIの提案を実行する際には、事前に法的な確認を行うべきでしょう。
情報セキュリティの強化
自社のデータを生成AIに学習させることは機密情報をAIに提供することと同じなため、セキュリティが脆弱な状態での利用は情報漏洩のリスクを高めます。データのセキュリティを強化するだけでなく、使用する社員にもセキュリティに関する知識を持たせましょう。
また、生成AIの基盤モデルを提供しているベンダーに対して、セキュリティ対策や学習・入力した情報の利用に関するポリシーを確認する必要があります。
製造業での活用が期待できる生成AI関連ツールの例
ChatGPT/GPT-4(OpenAI社)
ChatGPTはOpenAI社が開発した会話型のAIで、基盤としてGPT-4という技術が使われています。
GPT-4は大量のテキスト情報を学習しそれをもとに自然な文章を生成する技術です。たとえば、質問に答えたり、物語を作ったりするのに使われます。製造業では、製品の説明やカスタマーサポートなどの分野での活用が考えられます。
Copilot(Microsoft社)
CopilotはMicrosoft社が提供するAIツールで、Microsoft製品との連携が特徴です。
たとえば、ワードファイル上で文章のドラフトを自動生成したり、Teamsの会議での議事録を自動で作成したりするのに役立ちます。これにより、作業の効率化や時間の節約が期待できます。
製造業は生成AIで大きく変わる
生成AIは、情報の取得、暗黙知の言語化、データ分析、アイデアの創出などに活躍しますが、実は製造業とこれらの機能は相性が良く、生成AIを実用化できている企業も出始めています。
しかしながら、ただ日々の業務で生成AIを使えばいいという訳ではありません、自社データを集積し、AIに学習させてこそ真の価値が生まれます。
AIの導入には社内インフラの整備やセキュリティの強化、法的なチェック体制も求められます。製造業に強いAIベンダーと連携して進めるのがよいでしょう。