以前に、DXの本質は、データの有効利用であり、そのための組織改革の考え方をお話しました。今回は人材育成の話になります。それではDXのための人材育成については、どのように考えれば良いのでしょうか?
(執筆:高安篤史/合同会社コンサランス代表 中小企業診断士)

DX時代に求められるスキルと人材育成
従来の組織においては、各部門の役割から、その部門の専門性を追求することが重要でした。DX時代は、従来の専門性に加え、データエンジニアとしてのデータ分析(含むAI)に関するスキル、また全体最適を実現する幅広い知見が重要になります。従来の専門性に加え、データエンジニアとしてのデータ分析(含むAI)に関するスキルを合わせて、「ダブルメジャー」と表現しています。このデータ分析(含むAI)に関するスキルにおいて重要なのは、「プログラミング技術」より「データ活用技術」になります。
また、全体最適を実現する幅広い知見については、予め、スキルマップ(スキル標準)などを組織として作成し、役割などにより、どこまでのスキル項目を習得しないといけないのかを計画することが重要になります。やみくもにIoT/AIなどの項目を学習しても効率が悪く、無駄になります。特にエンジニアの人は、技術にのめりこみ、データの有効利用の本質を忘れがちです。
米国にDX推進およびDX人材育成に後れをとった要因は多数ありますが、下記の3つのポイントで説明したいと思います。
(1)学校教育の観点
(2)企業/ビジネスの観点
(3)個人の考え方の観点
(1)学校教育の観点
米国の学校教育では全てのポイントで“実践”を重要視します。知識の詰め込み的な教育はありません。大学教授自身も、企業との共同開発などの実践が義務付けられています。日本においても、内閣府の「AI戦略」の中で、デジタル人材の育成に本腰を入れています。
関連情報:内閣府「AI戦略会議」https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/
2019年度に発表された「AI戦略」では以下が挙げられていました。現在、すでにこれらの施策が実際に進捗しています。
- 小学校でのプログラミング必修化(2020年度より)
- 中学および高校での「情報処理科目」の強化と必修化(2022年度に、共通必履修科目「情報I」が新設)
- 高校でのAI(人工知能)につながる数学(ベクトル、行列、複素数など)の見直し(2022年から、ベクトルや複素数などの学習を含む「数学C」が復活)
- 共通テストへの「情報処理科目」の必須化の検討(2025年度から「情報I」の追加)
- 大学では、文系および理系の区分をなくした上でのデータ分析技術の習得(2022年以降、各大学でデータサイエンスに関する文理融合教育が導入されてきている)
2022年に改定した「AI戦略」が最新版です(記事公開時点)。2021年の改定時に追加された「差し迫った危機への対処」に対して具体的な目標が定められたことが大きなところです。教育に関しては、方針や施策は概ね変わっていません。
依然として下記の課題が大きいと考えられます。
- デジタル技術を教える側のスキルの問題
- 現状は知識重視であり、業務の解決を実践的に実施する内容になっていない
- デジタル技術の必要性が理解されていない(本当に必要であれば使えるようになる。英語も3カ月程度でも生活に必要であればコミュニケーションが可能になる)
日本の過去の英語教育では、中学から大学まで英語を学習しても、実践が身につかず、英会話でのコミュニケーションが取れるようにならないといった問題がありました。ITやデータサイエンスについて専門知識を持つ教員が不足した現状においては、学生たちは結局、「情報処理科目のテストで良い点数が取れる」ようにしかならず、業務でその知識が使えるようにはならない可能性があるでしょう。
関連情報:内閣府「AI戦略会議」高校で必修化した「情報Ⅰ」とは|ねらいや学習内容と現場の課題 https://surala.jp/school/column/4342/
(2)企業/ビジネス観点
企業においては、「自社の長期的な成長の観点から必要なスキルが設定できていない」、さらに言うと「企業のトップがデジタルスキルを理解できていない」こともあります。米国では、どの業界の社長もDXを語れないようなトップはいません。ICTが分からなければ、社長にはなれませんし、トップを目指すのであれば30年前からデジタルスキルを必須として学んでいます。
一方、日本では長年デジタルやITに関しては、「ITベンダーに任せれば良い」という風潮で、それが企業のコア技術とは考えてきませんでした。その遅れは、海外(欧米や中国)に20年以上の差がついていると言ってもよいでしょう。今からでも遅くはないので、必要なスキル標準を設定し、そのスキルを習得するための実践的(役に立つための)育成方法を計画しなければいけません。私は、コンサルタントとして企業を支援する場合は、スキル標準の設定 および育成計画を支援することを必須としています。また、私が企業に提供する研修では、自分自身で考えさせる演習を中心にします。知識は、Web(インターネット)で情報があふれている状況の中では、大半は担当者が自分で習得できます。
(3)個人の考え方の観点
米国では、自分のキャリアアップのために、所属企業とは切り離して(企業には頼らず)スキルアップを目指します。転職でのキャリアアップが前提にある習慣の違いも大きいです。例えば、米国のエンジニアは通常残業をしません。理由は、残業をすることは能力がないと思われる慣習があるためです。ただし、これらのエンジニアは定時で帰宅しても、自ら必要なスキルを考え、自主的に勉強していますし、社会人向けの大学に通うことも珍しくありません。一方、日本では2018年からの働き方改革で、生産性向上を目指しました。
しかしながら、従来と比べ残業は減ったものの、個人のスキルは低下していると言わざるを得ません。残業を減らすことだけが目的になってしまっており、生産性の向上もできていないばかりか、日本の強い現場が失われ、人と人との結びつきが少なくなり、技術伝承ができていないことも問題です。背景には、日本の甘い終身雇用制度的な考え方や競争を意識させず仲良し風土の学校教育もあると思っています。
執筆者プロフィール
合同会社コンサランス 代表/中小企業診断士。
https://www.consulance.jp/
早稲田大学理工学部工業経営学科(プラントエンジニアリング/工場計画専攻)卒業後、大手電機メーカーで20年以上に渡って組込みソフトウェア開発に携わり、プロジェクトマネージャ/ファームウェア開発部長を歴任する。DFSS(Design for Six Sigma:シックスシグマ設計)に代表される信頼性管理技術/プロジェクトマネジメントやIoT/RPAやDXのビジネスモデル構築に関するコンサルタントとしての実績 及び 自身の経験から「真に現場で活躍できる人材」の育成に大きなこだわりを持ち、その実践的な手法は各方面より高い評価を得ている。
IPA(情報処理推進機構)SEC Journal掲載論文(FSSによる組込みソフトウェアの品質改善 IPA SEC journal25号)を始め、執筆論文も多数あり。 2012年8月 合同会社コンサランスの代表に就任。
- 中小企業診断士(経済産業大臣登録):神奈川県中小企業診断協会 所属
- 情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、応用情報技術者、セキュリティマネジメント)
- IoT検定制度委員会メンバー (委員会主査)
■書籍
- 2019年に書籍『知識ゼロからのIoT入門』が発売
- 2020年に共同執筆した「工場・製造プロセスへのIoT・AI導入と活用の仕方」が発刊
- 2021年10月に創元社より、やさしく知りたい先端科学シリーズ9として、書籍「IoT モノのインターネット (モノ・コト・ヒトがつながる社会、スマートライフ、DX推進に活用中)」が発売
- 日刊工業新聞社「工場管理」 2021年10月臨時増刊号「ゼロから始めるモノづくりDX」で執筆
- 2022年4月に共同執筆した書籍(プラントのDX化による生産性の向上、保全の高度化)が発刊
