ダブルチェックやトリプルチェックは、日々の業務におけるヒューマンエラーや製品の不具合を点検する代表的な方法です。上手く実施すればヒューマンエラーの防止や不良率の軽減に役立ちますが、一方で従業員への負担を増やすといった問題点も存在します。
そこで本記事では、ダブルチェックやトリプルチェックの概要と昨今の現場で問題視される理由に触れ、チェック作業でミス率を大きく軽減するためのポイントを解説します。
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ダブルチェック・トリプルチェックとは
ダブルチェックとはひとつの作業に対して点検や確認を2回行うことです。さらにもう1回、合計3回の確認を行う場合はトリプルチェックと呼びます。ダブルチェックやトリプルチェックは製造業を始め、医療や金融、介護などさまざまな分野で採用されるヒューマンエラー防止対策です。京セラ創業者としても知られる実業家の稲盛和夫氏が「ダブルチェックの原則」として重要視していることをはじめ、多くの企業に普及しています。
ダブルチェックやトリプルチェックは、ヒューマンエラーの発生を防ぐためにも、発生してしまった不良を見逃さないためにも活用できるなど業務プロセスに組み込みやすい手法です。ヒューマンエラーをゼロにすることは難しいと考えたうえで、ミスや不良を早期に発見する、流出を防ぐための活動として取り入れられています。基本的には確認者が増えるほど不具合を発見できる可能性も高まるため、ダブルチェックでミスが発生してしまった場合にトリプルチェックを採用するといった企業も多く見られます。
チェック方法の種類
ダブルチェックやトリプルチェックはさまざまな形で実施されますが、確認方法の代表例を以下に紹介します。
実施タイミングでの分類 | 1人で2回連続してチェックする |
1人で1回目と2回目の間にインターバルをおいてチェックする | |
実施場所での分類 | 1人で1回目と2回目を別々の方向からチェックする |
役割分担での分類 | 2人で連続して1回チェックする |
1人目が項目を読み上げ、2人目が目視するなど役割を分けてチェックする | |
1回目と2回目で異なるチェック方法を用いる(クロスチェック) |
ダブルチェックの一般的な方法は「2人で連続して1回チェックする」ですが、ダブルチェックやトリプルチェックには1人で完結できる方法もあれば、2人以上で取り組む場合のバリエーションも存在します。対象となる作業や製品によって最適な方法が異なる点に留意しましょう。
また、クロスチェックは1回目と2回目で、もしくは1人目と2人目で異なるチェック方法や視点を用いる手法です。ダブルチェックやトリプルチェックよりも高精度で、発見しづらいミスの発見も期待できる方法として、後ほど詳しく解説します。
ダブル/トリプルチェックの問題点、意味がないと感じられる理由
このようにヒューマンエラー防止策として期待され、多くの現場で採用されているダブルチェックやトリプルチェックですが、実際の作業現場においては「意味がない」「面倒なだけ」といったネガティブな意見もしばしば聞かれます。なぜこのような印象を持たれてしまうのでしょうか。
その背景には多くの場合、「期待したほどの成果が出ていない」状況があります。仮に10%の確率でミスが発生する業務を2人で確認すれば、理論上のミス率は10%→1%まで下がるはずです。しかし、現場での実施においてはさまざまな問題点から期待値以下の効果しか出ない、または実施する意義を見いだせないと感じる作業者も少なくありません。このことを踏まえ、ダブルチェックやトリプルチェックの問題点を見ていくことにしましょう。
チェックにより業務が滞る
複数名または複数回チェックを実施すれば、その分の手間がかかります。そのため、チェック作業に多くの時間を割いてしまうと、本来すべき業務に滞りが生じ、生産性が下がりかねません。ダブルチェックやトリプルチェックはエラーやミスの防止により生産性を高める目的で実施するため、チェックの負担で生産性が落ちては、元も子もありません。
また、複数名で同時に行う場合は1箇所に複数名が集まらなければならず、よりチェック精度の高い熟練作業員を組み込むなどの工夫も必要となります。このように人員配置に制約が生まれることから、全体として非効率な人員配置が生じる可能性もあります。
チェック業務が形骸化しやすい
チェックの手間を嫌いチェック作業を簡略化する、あるいは形だけ実施し細かいチェックを行わないといったように、作業自体が形骸化しやすいのも問題点です。
たとえば、2回目のチェック担当者が「前の人がやっているから大丈夫だろう」といった気持ちで作業に臨むと、作業を簡易的に済ませたり、形だけのチェックで終わらせる可能性があり、これでは細かいミスや不良を発見することはできません。
また、チェック自体がルーティン作業であり、ヒューマンエラーが生じやすい側面もあります。繰り返されるチェック作業の中で集中力が低下し、不具合を見逃してしまう可能性もあれば、作業者のコンディションやモチベーションにより成果が左右され、期待値ほどの効果が出ないことも珍しくありません。
ダブル/トリプルチェックをしてもミスが残る
ダブルチェックやトリプルチェックは、作業を徹底し、施行回数を増やしてもミスの発生や流出をゼロにできるものではありません。たとえ確認者全員が適切な方法でチェックをしたとしても、全員が見落としてしまう可能性もありますし、チェック作業後に不良が発生し、あたかも見逃してしまったように感じられる場合もあります。
「確認をしてもどうしてもミスが残ってしまう」という状況が続けば、最終的には「これ以上確認をしても意味がない」という印象を持ってしまうに至ります。これに業務負担や心理的な負担が重なれば、結果として確認作業に対するモチベーションや集中力が低下してしまう結果となるでしょう。
ミスの責任の所在が曖昧になる
ダブルチェックやトリプルチェックは、確認のフィルターを重ねてミスを減らす効果がある一方、各々の責任感が薄まってしまう、あるいはチェック作業に携わることで自分にも責任が生じるといった性質があります。
このような性質から、ダブルチェックでミスが発覚した場合の責任の所在は曖昧になりがちです。不具合を「起こした人の責任」か「見逃した人の責任」かといった言い争いが起きたり、人によっては「相方がミスをしたのだ」と責任逃れを主張する者もでてくるでしょう。また、その責任を巡って組織内の不和が生じ、ダブルチェックやトリプルチェックへの参加が「無用な責任を負うだけ」だと感じられる場合もあります。
ダブル/トリプルチェックの効果を下げる「リンゲルマン効果」
ダブルチェックやトリプルチェックには、共同作業の際に無意識に手を抜いてしまう「社会的手抜き(リンゲルマン効果)」が働くといった、集団心理に起因する問題点もあります。このような過信は確認者が増えるほど強まる傾向があり、場合によっては「トリプルチェックによりかえって全員のチェックが適当になってしまう」といった状況も起こります。
リンゲルマン効果はフランスの農学者であるリンゲルマンによって提唱された現象です。リンゲルマンは異なる人数で綱引きを実施した際に、集団での力に対して1人あたりがどの程度の力を発揮しているかを数値化する実験を行いました。その結果、集団の人数が増えるほど、1人あたりが発揮する力が低下することがわかり、「集団の人数が多いほど1人あたりのパフォーマンスは下がる」ことが証明されています。
見落としを防ぐダブル/トリプルチェックのポイント
いくつかの問題点はあるものの、ダブルチェックやトリプルチェックがあらゆる局面で利用できる、最も基本的なヒューマンエラー防止策であることは間違いありません。それではこれらの効果をより高めるには、どのような点を意識すれば良いのでしょうか。
ダブルチェックやトリプルチェックを導入するうえでは前述した問題点を意識し、チェック作業が現場の生産性を下げない仕組みを確立する、ダブル/トリプルチェックの意義を正しく説明するといった取り組みが必要です。ここからは、ダブルチェックやトリプルチェック実施時のポイントを解説します。
チェック時のルールを明確にする
「いつ・どこで・誰が・なにを・どのように」を現場で確認できるルールを策定することは、チェック漏れを無くす、チェック時の集中力を高めるといった意味で効果的です。
たとえば、目視だけでなく項目の読み上げや指差しを徹底すれば、集中力の向上につながります。単に複数名でチェックをするだけでは、前述したリンゲルマン効果によるパフォーマンス低下が想定されるため、ルールを明確にし、その中では確認者全員が集中力を維持するための工夫が求められます。
確認時の心構えを周知する
当然ながら、ルールを定めても守られなければ意味がありません。ルールを守り正しく実施するには、確認者の心構えが重要となるため、チェック作業への取り組みを評価し、緊張感を持ってチェックできる状況を作る、チェック作業やそれに伴うルールがなぜ設定されているかを周知するといった対策が考えられます。
また「普段できているから大丈夫」といった無意識レベルでの思い込みは、確認者が自覚することも、外から指摘することも難しいものです。仮にチェック漏れが発生してしまった場合にはその原因を追求し、自身の思い込みに気付いてもらうといった働きかけも必要となるでしょう。
ベテラン従業員がチェックを担当する
チェック作業の現場には、必ず1人以上のベテラン従業員あるいは作業に精通した人物を配置しましょう。経験が浅い作業者の作業確認を若手従業員が担当するといったような場合、確認自体が適切であっても、知識不足によりミスを見抜けないリスクが生じます。
ベテラン従業員がチェックを担当することで、より幅広い視点や知見からミスをチェックできるでしょう。また、ベテラン従業員にチェックされることが作業者や確認者に緊張感を生む側面もあります。
チェック時間を考慮した生産・稼働計画を定める
チェック作業は製造フローの1つとして組み込み、その負担も考慮した稼働計画を組みましょう。製造フローに入念なチェックを行う時間的余裕がなければチェックは雑になり、作業も形骸化してしまいます。
また、現場でよくあるトラブルとして「ダブルチェックを頼みたいのに周囲に人がいない」といったケースが散見されます。人を呼ぶことで作業が滞る、あるいは仕方なくチェックを省略するといった行動を招くため、人員配置においてもチェック作業を考慮しておくべきでしょう。
1人でダブル/トリプルチェック!?クロスチェックとは
ダブルチェックやトリプルチェックのポイントについてはここまでに説明した通りですが、近しい方法として作業や製品を2つ以上の異なる視点や方法でチェックする「クロスチェック」でより高い効果が期待できることが知られています。クロスチェックは1人で実施できるものもあり、ダブル/トリプルチェックの問題点を解消できる可能性を秘めた手法です。
クロスチェックの主な方法
ここからは、クロスチェックの具体的な実施方法について解説します。
役割の交換を伴うダブル/トリプルチェック
ダブル/トリプルチェックの中でも、1回目と2回目で異なる手法を用いる、あるいは1人目と2人目が異なる役割を担う方法は、厳密に言えばクロスチェックに分類されます。
たとえば、1人目がチェック項目を読み上げ、2人目が実際に目視等の確認を行う場合、それぞれの負担が分散するため、それぞれチェック項目の漏れや目視の漏れが発生するリスクが下がります。加えて役割を交換し2回目の確認を行えば、作業者の解釈のずれ、知識や技能の差異も埋めることも可能です。このように、クロスチェックでは視点や手法を変えることで、チェックの精度を向上できる点が主なメリットです。
システム・ソフトウェア等を用いたチェック
人間の確認と機械による確認を組み合わせるのもクロスチェックの代表的な手法です。ある書類に記載された数値をPCに入力するといった一連の作業を例にあげると、入力した数値が間違っていないかを人間がチェックするとともに、入力された数値が妥当なものかをシステムがチェックし、処理を一時停止することで、書類に記載された数値自体が誤っていないかといった異なる視点でのチェックを同時に実施できます。
このようなデータの妥当性の検証や、妥当性が確認できない場合に処理を止める機能は、バリデーションやエラープルーフとも呼ばれる場合もありますが、「人のチェックにシステムによるチェックを加える」という視点では、クロスチェックとして機能しているともいえるでしょう。
画像解析技術を併用したチェック
画像解析機器等を用いることで、目視等の「人による確認」と、「機械による確認」を同時に実施できます。
AIを用いた画像検査機器を例にあげると、過去のデータから「良品ではない製品=不良品と思わしき製品」を判別することができるものの、画像からはわからない製品内部の不良を判別できなかったり、製品ではないカメラやレンズ部に付着した汚れを製品の不良として認識してしまう場合があります。このようなことから、AIによる検査においても人によるチェックやメンテナンスが欠かせません。
このことはすなわち、AIと人によるクロスチェックにより機能していると言い換えることができるでしょう。検査以外にも、設備の保守管理や、現場の安全管理、在庫管理などの領域においてこのようなクロスチェックが取り入れられています。
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ダブルチェックやトリプルチェックをより正確に実施するために
ダブルチェックやトリプルチェックはエラーやミスを防止できますが、一方チェック業務に負担がかかる、作業が形骸化しやすいなどの問題点もあります。実施にあたっては、チェックを実施しやすい業務環境や稼働計画はもとより、実施におけるルールの策定やその意味の周知、作業を管轄する責任者やベテラン従業員の配置を徹底しましょう。
また、ソフトウェア検査機器などデジタルテクノロジーによるクロスチェックを組み合わせることも効果的です。人的負担の軽減はもとより、より精度を高める、多面的なチェックを行うといったメリットもありますので、ヒューマンエラー対策の手段として検討してみるのはいかがでしょうか。