単一の製品を大量に製造できる「ライン生産方式」は、これまで日本の製造業を発達させてきました。しかし、現在の製造業は大量生産ではなく、多品種少量生産の時代です。ライン生産方式は生産品目の柔軟な変更に適していないため、この課題を解消できる「セル生産方式」へのシフトが進んでいます。
今回はセル生産方式の基礎知識を紹介するとともに、ライン生産方式と比較したメリットとデメリットや、近年注目を集めている「ダイナミックセル生産」について解説します。
ライン生産がセル生産に移り変わった背景とそれぞれの違い
ライン生産方式とは、「所定の位置についた作業員がベルトコンベア上に流れてくる製品を組み立てる生産方式」のことです。作業員が行う作業は、部品の取り付けなど比較的容易なものが多く、作業経験がない人であってもすぐに業務に入れる点が特徴です。
また、ライン生産方式はあらかじめ設定された生産計画をもとに製品を生産します。生産量の管理がしやすいだけではなく、同一の製品を安く生産できるため、大量生産が求められていた時代ではライン生産方式が適していたのです。
しかし現在は、多品種少量生産が求められ、人材不足も深刻化しています。ライン生産方式は多品種の生産に適さないだけではなく、作業員のスキルアップとモチベーション維持が難しく、作業員が定着しにくい課題も抱えていました。
ライン生産方式 | セル生産方式 | |
---|---|---|
業務内容 | 少ない(一般的にひとつ) | 多い(複数) |
人数 | 多い | 少ない |
作業場所 | ベルトコンベア前の所定位置 | 適宜移動 |
ロット | 少品種多量生産向き | 多品種少量生産向き |
そこで改めて現場で採用されるようになったのが、多品種少量生産に適した「セル生産方式」です。直線状態のベルトコンベアで製品を運んでいたライン生産方式とは異なり、セル生産方式はラインをU字型やL字型に設置し、少人数で作業を行います。
ライン生産方式では、所定の位置についた作業員の前を製品が流れていきますが、セル生産方式では作業員も適宜動いて作業にあたります。こうした特徴に加えて、ひとりの作業員が複数の業務を行い、状況によって臨機応変に作業手順などを調整することで、業務効率化を実現できるのです。
たとえば高付加価値製品と呼ばれる、優れた加工技術が必要で生産過程に加わる価値の高い製品では、細かい調整作業が多くなります。そのため大人数で分業するより熟練した少人数で組み立て作業を行うほうが効率が良いとしてこの方式をとっている場合があります。
そのほかにも、複数の製造ルートで1つの製品を作ることで、作業工程ごとの稼働/不稼動を切り替えて生産量の調整をしやすくしたり、別の製品を作る際に切り替えやすくしたりといった活用方法が考えられます。この場合はパソコンなど需要の変動が大きい製品の製造に重宝されます。
セル生産方式のメリット
無駄を削減し、現場を効率アップに導くセル生産方式のメリットとデメリットについて、改めて整理しましょう。
1.生産ラインを止めずに多品種少量生産ができる
注文数によって生産する品目をその都度変更しようとする場合、部品や治具を交換する「段取り替え」が発生します。従来のライン生産方式では、段取り替えを行う際に全体のラインを止める必要がありました。
しかし、セル生産方式は個別のセルによって生産を行っているため、ひとつのセルで段取り替えが発生しても、他のセルで生産を継続することが可能です。
2.スキルアップによって作業員のモチベーションを上げる
ライン生産方式では、作業員が単純化された業務を行います。スキルを求められる業務が少なく、経営者にとって作業者をすぐに雇用できるメリットがありました。一方で、作業員にとってはスキルアップが見込めないため、モチベーション維持が課題となっていました。結果的に作業員が定着せず、常に採用活動をしなければ人材不足に陥ってしまうという悪循環も生まれてしまいます。
セル生産方式は複数の業務内容をひとりの作業員が担当するので、現場で働くためにはスキルの習得が必須です。セル生産方式によってスキルアップを叶える現場を整備できれば、スキルアップしたいと考えている作業員にとって、その企業で長期的に働くモチベーションとなります。
3.少ない人数で作業効率をアップできる
セル生産方式は、ライン生産方式よりも少ない人数で生産を行います。それでも生産性が向上する主な理由は、無駄の削減にあります。
ライン生産方式では、材料の入れ替えなどで作業員に業務の隙間時間が発生してしまう「手持ちのムダ」が発生していました。しかし、セル生産では作業員ひとりが複数の業務を担当するため、「手持ちのムダ」が発生しません。
つまりセル生産方式では、無駄を省いたことで少ない人員でも滞りなく作業ができるようになり、効率アップを実現するのです。
セル生産方式を導入する際の注意点
セル生産方式には様々なメリットがありますが、導入は簡単ではありません。作業工程の再整備を行うだけでなく、従業員に対する会社側の手助けも必要になります。セル生産方式を導入する場合には以下の点に注意しましょう。
1.作業員に高いスキルが求められる
セル生産方式では、複数の作業を担当できる多能工が必須です。幅広い分野での業務ができる作業員を採用することは、容易ではありません。また、作業員がスキルを身につけるまでは、教育を施すなど多くのコストが必要になります。そのため、ライン生産方式からセル生産方式に変更する際は、時間とお金両方のコストがかかる点を考慮しなければなりません。
2.作業員間のコミュニケーションが求められる
作業員は臨機応変に作業を進めていくため、できるだけ多くの作業に対応可能な経験を積む必要があります。そのため現場での実践を通して新人教育を行うことが多くなるでしょう。そのため職場内での円滑なコミュニケーションがより重要になります。
セル生産方式の導入事例
セル生産方式における導入事例をご紹介します。1998年にこの方式を導入したキヤノングループでは、多能工の育成支援のために、製品をひとりで組み立てられる熟練作業者を対象にした「マイスター称号制度」を制定し、作業者のレベルアップを図っています。この制度によって作業者は自ら作業内容を見直すようになり、スキル向上につながっているそうです。
生産効率の向上だけでなく、複数の作業を担当することで技術が継承されやすくなることもセル生産方式の強みといえます。
参照: 「大分キヤノンのものづくり」大分キヤノン株式会社
参照: 「31・セル生産方式で躍進したキャノン」生産財マーケティング.com
ダイナミックセル生産方式の時代へ
近年では、セル生産方式から発展した「ダイナミックセル生産方式」が登場しました。
この生産方式は収集されたデータから自動化、生産性の工場を図るインダストリー4.0の一環として導入が検討されています。
各部品を順々に組み立てていき、決められた工程で製品を完成させるライン生産方式では、製品の基本的な仕様が決められています。またセル生産方式は自動化しにくく、大型製品の生産では導入が難しい場合があります。
それに対してダイナミックセル生産では、それぞれの工程を担当するロボットが、クラウド上にある情報に応じて、リアルタイムで生産方式や製品を組み替えていきます。そのため製品の種類に応じた作業工程の組み合わせが可能です。
対応力のあるセル生産方式、大量生産が可能なライン生産方式のそれぞれの利点を組み合わせた、AIとの親和性の高い方式であるといえます。
ダイナミックセル生産では、それぞれの工程を担当するロボットが、クラウド上にある情報に応じて、リアルタイムで生産方式や製品を組み替えていきます。
ダイナミックセル生産の実現を図るためにはIoT(Internet of Things)を活用したスマートファクトリー化はもちろん、産業用ロボットの導入が不可欠です。生産方式を変更するだけではなく、こうした技術を活用すると、現場をさらに効率化させられます。
関連記事:スマートファクトリーとは?メリット・デメリットを事例と一緒に解説
セル生産方式で叶えられる、多品種生産と現場の効率化
セル生産方式には多能工の育成をはじめ、設備の変更といった現場全体での取り組みが必要です。近年、産業用ロボットは技術の進歩とともに対応業務が増え、ティーチング次第で幅広い業務を行ってくれます。導入費用はかかりますが、人材の採用や育成にかかるコストを考慮すると、長期的な視点で利益をもたらすでしょう。
産業用ロボットも小型化と低価格化が進んでいるため、中小企業でも導入が可能になっています。セル生産方式を叶える方法として、導入を検討してみてはいかがでしょうか。
関連記事:産業用ロボットとは?主な5種類や事例、他のロボットとの違いを解説
業務効率化や産業用ロボット導入を検討する際には、現場の課題把握や環境に適した改善施策の実施が欠かせません。こうした改善施策の立案、運用問題にお悩みの場合、まずはロボットSIer(システムインテグレータ)に相談することで、自社にとって最適な改善施策を検討できるようになるはずです。