DX(デジタル・トランスフォーメーション)が次世代のキーワードとなる現在、関連技術の研究開発は日々進んでいます。
なかでもVR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの通称「xR」に関する技術は、ゲームやエンターテイメント分野などでの実用化を通して比較的広く認知されるようになりました
しかし、「GAFA」に代表されるビッグテックから大学などの研究機関まで、多くの組織を巻き込んだxR関連の特許取得をめぐる競争はいまだ激化しています。
では、2021年現在ではどのような特許が申請され、あるいは取得されているのでしょうか。
当記事では、今後の方向性や将来への期待が込められたxR関連の特許に関する情報をいくつかご紹介していきます。
激戦区となりつつあるxR関連特許の概況
「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」などをキーワードとするxR技術関連の特許について、まずは日本国内における概況をみてみましょう。
バリューネックス株式会社の調査によると、日本で公開されたxR技術関連の特許は、2000年から2020年10月までの期間で合計2889件とのことです。
この公開件数は2017年ごろから急速に増えはじめており、さまざまな企業がその可能性に注目し、研究開発に尽力していることがわかります。
VR領域ではHMD(ヘッドマウントディスプレイ)や映像処理技術、AR領域ではスマートグラスやマーカー認識技術と、ハード面からソフト面まで幅広いのも特徴敵です。
国内の特許出願数については、映像機器大手のキヤノン株式会社や電機大手のソニー株式会社が累計100件を超えており、とりわけ積極的な企業であるといえます。
アップル社やグーグル社などのビッグテックも、国際的な特許取得の一環として日本の特許出願数の上位にのぼるほどの勢いをみせています。
こうした概況からxR市場の規模は今後さらに拡大すると見込まれ、特許技術をもとにした製品化・サービス化の動きが活発となっていくでしょう。
ここからは開示されている範囲内で、「ビッグテック」「国内大手」「国内ベンチャー」「研究機関」の4層に分けて特許事例をご紹介していきます。
ビッグテック編
アメリカのIT大手企業群「ビッグテック」は、国際的にみても早い段階からxRの分野に着目し、技術開発に励んできた先駆者の集まりです。
今回は、ビッグテックに属するアップル、グーグル、フェイスブックの3社についての特許
めぐる事情や特許事例をピックアップします。
アップルの特許事情
アップル社はとくにAR領域に力を入れており、iOS上でARを実装するフレームワーク「ARkit」の開発や、スマートグラスをはじめとしたハード面の独自開発などが目立ちます。
ARアプリの開発者にとって、こうした技術は重要なブラットフォームであり、アップルの技術動向は是非とも注視すべきでしょう。
直近で注目される特許としては、電話会議中に特定の位置から音が聞こえるようにするARスマートグラスや、VR/ARデバイスの操作を指の細かい動きだけで実現する技術などがあげられます。
こうしたアイデアが実用化されれば、リモートワークの質や効率を高めることが期待できるでしょう。
マイクロソフトの特許事情
マイクロソフト社は、2021年3月にMRプラットフォーム「Mesh(メッシュ)」や小型MRヘッドセット「HoloLens(ホロレンズ)」などの次世代製品を発表しました。
Meshは離れたユーザー同士がxRコンテンツを共有できる仮想空間を提供するだけでなく、コンテンツ開発を比較的容易にするのも大きな特徴です。
そしてHoloLensは、どこからでもMR空間にアクセスするためのインターフェースとなります。
エンターテイメントやリモート会議、教育など幅広い分野での利用シーンが想定され、xRコンテンツの開発とソリュージョンへの応用が今後活発になるでしょう。
関連特許としては、VRの没入感と、現実とのつながりを両立させるための技術が多くみられます。
たとえば、現実世界の障害物をカメラやセンサーで検知して映像や音声などでユーザーに伝える技術や、ホイール型のインターフェースを使用することでVR空間内でキーボードを使わずに文字入力を可能とする技術などが代表的です。
フェイスブックの特許事情
フェイスブック社は「VR・ARの世界でも人と人とのつながりを作る」というミッションを掲げ、実現に向けた取り組みを続けています。
2014年にVRデバイス開発のスタートアップであったオキュラス社を子会社化して以降、現在はオキュラスブランドのVRヘッドセットを主力とした施策展開が目立ちます。
同デバイスはゲームやアバターを用いたVR会議、小売店の陳列シミュレーションから外科医の手術トレーニングまで、ソフトウェア次第で活用可能性を大幅に広げるでしょう。
特許出願の動向については、ARグラスやAR対応のディスプレイが帽子のつば部分に取り付けられた「AR帽子」、電位センサーでの直感的な入力を可能とするリストバンド型コントローラーなどが話題にあがります。
ARグラスの入力・操作インタフェースは開拓段階の領域であるため、フェイスブックの今後の発表に注目です。
国内大手編
xXR技術を積極的に事業へ取り入れている日本企業は主に電機・光学・ゲーム・通信の分野に多くみられます。
今回は、なかでも特許出願数の多さや注目度の高い大手から、株式会社ソニー・インタラクティブエンターテイメント(以下、「SIE」)とキヤノン株式会社(以下、キヤノン)についてご紹介します。
SIEの特許事情
ビデオゲームやデジタルエンターテイメント事業を手掛けるSIEは、近年VR領域にもカを入れています。
同社によれば、現行機がすでに販売されているVRゲーム専用ハードウェア「PlayStation®VR」について、2022年以降の発表を目途に次世代型を開発中とのことです。
この開発に関連する特許はすでに複数確認されているため、以下に何点か列挙します。
- VRゴーグル内部の映像を外面にも映すディスプレイが付属したヘッドセット
- バナナやオレンジなど自由な物体をコントローラーとじて認識・使用可能にする技術
- VR映像を見る人の視野が中央に寄るほど高解像度に描くフォービエイティッド・レンダリングに関する技術
- VR映像を見る人の視線を認識するアイトラッキングに関する技術
これらの特許が実際に製品に採用されるかは不明ですが、ゲームのデベロッパーにとってもプレイヤーにとっても、画期的な内容が盛り込まれるのは間違いないでしょう。
キヤノンの特許事情
事務機器や映像機器、半導体製造装置などの精密機器に強いキヤノンは、国内外間わず高い特許登録数や被引用回数を誇ります。
同社は独自の映像撮影処理出力技術をもとにxR分野へも進出しており、関連特許公開数は国内トップクラスです。
過去の特許出願をみると、主にスポーツやアート、ゲームにおけるVR/ARのカメラ制御や、VR専用の光学式撮影技術やレンズ装置、映像出力用のHMDなどに関連する内容が多くなっています。
また、近年注目される「ボリュメトリックビデオ」に関する特許にも注目です。
ボリュメトリックビデオは現実空間を3Dデータとして撮影する技術であり、xRコンテンツとの親和性は高いとされています
特許事例は実空間のオブジェクトを認識する技術や、認識したオブジェクトを高精度に3D化する処理技術などが2021年時点で数件確認できます。
ボリュメトリックビデオとは?エンターテイメントやアートでの応用事例を紹介
国内ベンチャー編
続いて、ビッグテックや国内大手が研究するようなエコシステムやプラットフォームに近い特許だけでなく、xR分野に特化した国内ベンチャーの多彩なアイデアもみてみましょう。
VR体験中の酔いを軽減する特許
VR体験の際は目の前に広がるディスプレイを注視するため、映像が激しく動くと乗り物酔いのような不調をきたすリスクがあります。
株式会社UNIVRSはこの課題に着目し、VR空間内で酔いを防止する移動技術を独自開発し、現在特許出願中とのことです。
同技術の核となるのは、酔いを軽減するために体の動きをVR内での動きに反映させるシステムとなります。また汎用的な普及を目指すため、使用するHMDやコントローラーなどのインターフェースを限定しないそうです。
これが実現すれば、映像の動きに制限をかける必要がなくなり、商業作品のVR化を推進する結果が期待されます。
スマホカメラ越しのARナビゲーションに関する特許
ARナビゲーション(ARナビ)は、2019年にグーグルが自社の地図アプリ「Googleマップ」に付与したことで知られるようになった次世代の道案内機能です。
地図アプリに案内ルートを表示する従来のナビに対し、ARナビはスマホカメラを通して実際の道の映像上にルート情報を表示します。
5G通信やARクラウドの普及にあわせて今後さらに注目されることが予想され、現在はベンチャーを含む多くの企業がARナビに関する独自機能を開発しているのが現状です。
たとえば株式会社SCREENアドバンストシステムンソリューションズは、アプリを起動したときの位置情報だけで現在地を計測し、電波の届かない屋内などのオフライン環境でもナビを可能にする特許を取得しています。
ほかにも、株式会社ビーブリッジが歩道を正確に認識し、商店街や細い道などを通るときや夜間のルート案内精度を高める特許を取得しており、かゆい所に手が届く機能追加が今後増えていくでしょう。
ARクラウドとは?テック大手も参入するこれからのxRトレンドを解説
VRの市場規模は5G登場でどう変わるのか?2020年の業界動向と
研究機関編
最後に、専門分野で活躍するxR技術の研究開発を実施している研究機関の特許事例をみてみましょう。
今回は「医療」と「農業」の専門領域に関する事例をご紹介します。
順天堂大学の「患者の痛みや不安を和らげるVR」
順天堂大学では、慢性の神経痛や入院時のストレスを、VRによって緩和するための臨床研究を実施しています。
研究チームは患者の感じる痛みへの集中·執着を
VR映像によって和らげるシステムを特許出願しました。
同システムは小型のVRヘッドセットを使用するため、患者に無理な姿勢を強いることなく、病院に限らず在宅でも利用可能です。
また医療従事者向けには、患者の痛みの度合いやシステムの利用状況をリアルタイムに管理できる機能もあります。
このVRシステムは「うららかVR」という名称で株式会社Parafeedによって将来的にサービス化される見込みです。
連結子会社における医療用VRシステム『うららかVR』の譲渡に関するお知らせ
宮崎大学の「豚の体重が見えるARめがね」
2021年6月、宮崎大学の研究チームは養豚農家に向けたARソリューション「豚の体重が見えるめがね」を開発し、国際特許を出願中であることを発表しました。
この特殊なメガネは、豚の体重を測定するための3Dカメラと、数値をレンズ越しに表示するためのスマートグラスで構成されます。
これを装着して測定したい豚を目でとらえると、カメラに接続されたコンピューターへ豚の体系データが転送され、標準サンプルと比較するなどして体重をAI(人工知能)が算出します。
この算出結果がスマートグラスへ送られ、測定した豚に体重の数値が重なるようにみえる仕組みです。
豚の成長状態や出荷目安をみるうえで体重測定は重要とされる一方、従来のやり方では作業者に大きな身体負荷がかかっていました。
「豚の体重が見えるめがね」は、この作業を大幅に効率化し、今後の養豚業のあり方を変える可能性を秘めています。
xR関連の公開特許情報にアンテナを
xR関連技術は一般的に認知されるようになり、商業化もはじまっている一方で、研究開発やソリューション活用のアイデアは未開拓の領域が多く残されています。
xR市場の規模や関連特許の出願件数は今後も増加傾向にあることは間違いなく、当記事でご紹介した事例は一部です。
将来的な製品・サービス化の可能性を秘める特許は、実現の有無にかかわらず公開されます。
xR関連の公開特許情報に常時アンテナを張っておくと、未来のソリューションを先取りするインスピレーションを得られるかもしれません。