近年、コンピューター内に現実世界を模したバーチャル空間に関する技術やサービスが多く見られるようになりました。
たとえば、ゴーグルやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)といったデバイスを装着してバーチャル空間内での体験を可能とするVR(仮想現実)などが代表例として挙げられます。
こうしたなか、今注目されているのが「ボリュメトリックビデオ」と呼ばれる撮影技術です。
本記事では、この「ボリュメトリックビデオ」の概要や技術的な仕組み、当技術によって実現可能なことや応用事例についてそれぞれ解説します。
ボリュメトリックビデオとは?
ボリュメトリックビデオとは、現実の空間・場所や人の動作などを3Dデータとして撮影する技術です。
撮影と聞くと平面を映すことが従来の常識ですが、ボリュメトリックビデオで撮影するのは容積です。そのため、技術名称は「容積測定」を意味する「ボリュメトリック(volumetric)」を由来としています。
撮影されたデータはコンピューターの中にバーチャル空間として再現され、その空間内のあらゆるアングルから映像を生成可能です。
ボリュメトリックビデオの技術的な仕組み
ボリュメトリックビデオについての理解を深めるため、技術的な仕組みを簡単に知っておきましょう。
ここでは大きく分けて、撮影データを構成する要素と、撮影するために必要な手法について解説します。
撮影データを構成する要素
コンピューターで何かを描画する際、画面内に無数のドット(点)を配置することで、人間が全体を画像・映像として認識できるようになります。
このドットは平面の場合「ピクセル」という単位が用いられますが、ボリュメトリックビデオで撮影した立体のデータは「ボクセル」という単位で構成されています。
ボクセルは、「ボリューム(体積)」と「ピクセル(画素)」を組み合わせて作った造語で、ピクセルに高さ(奥行)の情報を付加したような概念です。
この微小なボクセルを積み上げることで、3Dモデルを作っているものと理解しましょう。
撮影するために必要な手法
ボリュメトリックビデオにおける撮影は、三次元のあらゆる情報をボクセルデータとして記録します。
つまり、空間内に存在するすべての物体の位置や形状を記録する必要があるのです。
そのため、撮影するカメラと撮影の対象との距離を精密に測定しなければなりません。
最も古い撮影手法としては、複数同時にさまざまな位置からカメラで撮影し、それぞれの撮影画像から深度を推測して記録するものが使われていました。
一方で、現在の主流である最新の手法は、「光を利用した撮影」です。この手法では、物体に当てられた光を検出し、撮影地点から特定の地点までに光が飛んでくる距離を測定することで、物体の形状や位置を特定します。
このとき、光の検出と距離の測定を行うため、「LiDAR(Light Detection and Ranging:光検出と標定)スキャナー」と呼ばれるツールを使用するのが一般的です。このツールは2021年6月現在、iPhone12 Pro/iPhone12 Pro Max/iPad Pro(第4世代以降)に搭載されています。
ボリュメトリックビデオで実現可能なこと
ボリュメトリックビデオは撮影技術にとって革新的な存在であることは間違いありません。
では、この技術の活用にはどのようなメリットがあり、どのようなことを実現できるのでしょうか。
主に考えられる2つの観点について解説します。
撮影した空間から自由に映像を切り出せる
複数のアングルで撮影する場合、通常は複数のカメラをさまざまな箇所に配置し、撮影された映像をシーンごとに切り替えてつなぐ必要があります。
一方でボリュメトリックビデオは撮影した空間を後から自由に切り出せるため、映像生成が比較的自由で簡単になるのです。
そのため、複数のアングルで撮影したり、映像の編集を行う場面が多い芸能やスポーツ、アートなどの分野では大きなメリットとなります。
視聴者目線では見る楽しさの幅を広げ、パフォーマーやクリエイター目線では提供する映像の質を高めることが期待できるでしょう。
撮影した空間をxRに応用できる
ボリュメトリックビデオで撮影した映像をもとに3D空間をレンダリングできれば、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といった、いわゆる「xR」コンテンツに応用できます。
とりわけVRコンテンツにおいては、「DoF(Degree of Freedom)」と呼ばれるVR空間内で体験できる自由度を向上できると言われています。
DoFは、首を左右・前後に動かしたり、前後左右上下に移動したりといった行動可能な範囲を自由度として表します。現在は首と身体をすべて自由に動かせる6DoFが最大です。
ボリュメトリックビデオによるデータを使えば、6DoFの自由度で高い没入感をユーザーに提供できるでしょう。
xRコンテンツは体験型エンターテイメントやゲームだけでなく、ビジネスや教育・医療などさまざまな領域に応用できる可能性があり、今後サービスの充実が期待されます。
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ボリュメトリックビデオの応用事例を2つ紹介
ボリュメトリックビデオの撮影技術を応用した事例は、国内外問わずすでに存在しています。
近年話題となった国内の事例について2つピックアップするので、具体的にどういったソリューションが可能なのかを見てみましょう。
芸術・芸能分野における応用事例
2021年7月、映像機器に強いキヤノン株式会社(以下「キヤノン」)と、ITに強い日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、「日本IBM」)は、芸術・芸能分野においてボリュメトリックビデオ技術を応用するプロジェクトを開始しました。
その第一弾として、公益社団法人 宝生会監修の能楽「葵上(あおういのうえ)」のボリュメトリック映像を公開しています。
この映像は、実在する能楽堂をスキャンした3D空間と、専用のスタジオで撮影した能楽師のパフォーマンスを統合した内容となっています。
キヤノンは撮影や映像制作を、日本IBMは映像データ処理・配信などの技術サポートなどを行うことで、芸術・芸能分野のデジタルトランスフォーメーションを可能としました。
両社は一連のプロジェクトを通じて、映像による貴重な芸術文化の伝承に寄与し、新たな価値創出やボリュメトリックビデオ技術の活用分野の拡大を目指していくとのことです。
スマホアプリにおける応用事例
2021年6月、xRを活用したエンターテイメントを開発するcuriosity株式会社は、ボリュメトリックビデオの撮影を可能にするスマホアプリ「Rememory(リメモリー)」の配信を開始しました。
このアプリでは、撮影した物体や人物を立体のデータとして記録し、AR上での編集を可能としています。たとえば、別の場所で撮影した人物の映像を、目の前のスマホカメラで映る画面内に表示させ、さらに新たな映像を作成できるのです(※)。
※撮影にはLiDAR搭載端末が必要です。上述のとおり、2021年6月、現在iPhone12 Pro/iPhone12 Pro Max/iPad Pro(第4世代以降)に搭載されています。
こうした撮影・編集だけでなく、映像を発信することでアプリ利用者間での共有が可能なプラットフォームとしても利用できます。
映像の視聴はスマホの画面以外にも、ヘッドマウントディスプレイなどのデバイスでも可能で、ユーザーに新しい体験を提供する内容となっています。
空間の記録が新たな可能性を切り開く
ボリュメトリックビデオは、「空間を記録する」という従来の撮影の常識をくつがえす技術です。
0からバーチャル空間を生成するのではなく、現実世界をバーチャルに落とし込むため、近年サービス事例が増えているxRコンテンツとの相性も良いといえます。
芸能・スポーツ・アートなどのエンターテイメントから、ビジネス・教育・医療などの分野まで幅広く応用できる可能性があり、すでに事例も存在します。
ボリュメトリックビデオによる空間データを活用した今後のさらなるサービス展開に注目しましょう。