スマート工場とは、デジタル技術を活用して生産性向上、多様なニーズへの対応力向上、リアルタイムな作業指示・支援を目指す工場のことを指します。その特徴は、各種状況の見える化、制御システムと情報システムの連携、データ連携を通じた協調的製造などが挙げられます。
スマート工場の目的
スマート工場における具体的な取り組み例としては、IoTや5G対応機器の導入などによる設備の高度化、遠隔操作や外部システムとの連携などがあります。これらの取り組みを通じて、スマート工場は従来の工場とは異なる新たな価値を生み出すことを目指しています。
サイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドラインの目的
近年、経済産業省の推進による製造業のデジタル変革(DX)が進められており、スマート工場化を通じて効率化、品質保証、トレーサビリティ確保などを実現することが期待されています。しかし、スマート化にともなって制御システムのシステムアーキテクチャが変化し、サプライチェーンの複雑化による脅威の増加、サイバー空間と物理空間が密接に連携する新たな環境下での対応が必要となっています。
こうした背景から、サイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドラインは、工場システムにおけるセキュリティ対策を進めるためのプロセスと重要ポイントを提示し、スマート工場化を推進する企業が、臆することなく進化を遂げられる環境を整備することを目的としています。
スマート化にともなうセキュリティリスクの変化
スマート工場化にともない、セキュリティリスクも変化しています。主なリスクとしては、外部ネットワークとの接続増加による侵入経路の拡大、制御システムへの攻撃の情報システムへの波及、サプライチェーンの複雑化による外部機器やサービス依存にともなう管理の難化、サプライヤーやサービスプロバイダーのセキュリティ脆弱性などが挙げられます。
また、内部システムの統合により、制御データが情報システム内に存在することでデータ改ざんや漏洩のリスクが高まり、権限管理の不整合による内部的リスクも増加します。これらのリスクに対応するためには、業務視点でのゾーン設定やゾーン間の連携におけるセキュリティ対策、サプライチェーンにおける責任分界の明確化やインシデント対応などが重要となります。
主要なセキュリティリスクの事例
スマート工場における具体的なセキュリティリスクの事例としては、以下のようなものがあります。
- 通信機能の利用:無線LANや5Gの利用により、リスクが拡大する可能性がある。
- 外部システムとの連携:異なるセキュリティポリシーを持つシステム間での攻撃リスクが存在する。
- 外部ネットワークの利用:サイバー攻撃による外部機器やサービスの利用不可が発生する可能性がある。
これらのリスクに対しては、ゾーンごとの重要度・優先度の設定や重要脅威への優先対応、ネットワークの安全性確保、クラウドサービス選定時のセキュリティ要件明確化などの対策が必要です。さらに、セキュリティ状況の継続的改善やデータ管理の透明性確保なども重要な運用対策となります。
スマート工場におけるセキュリティ対策の考え方
続いては、スマート工場におけるセキュリティ対策の基本的な考え方について解説します。
ゾーン設定によるセキュリティ対策の重要性
スマート工場のセキュリティ対策を考える上で、まずは業務の内容や重要度に応じたゾーン設定が重要になります。ゾーンとは、業務の内容や重要度が同等である領域のことで、各ゾーンにおいて同一水準のセキュリティ対策を実施します。
ゾーン設定の際には、物理空間とサイバー空間の両面から業務を捉え、適切な範囲を設定することが大切です。また、ゾーン間の連携においては、データの流通経路や方法を整理し、必要なセキュリティ対策を講じる必要があります。
ゾーン設定によるセキュリティ対策の利点は、業務に応じた柔軟かつ効率的な対策の実施が可能になることです。重要度の高いゾーンにはより強固な対策を講じ、相対的に重要度の低いゾーンには必要十分な対策を施すことで、全体最適化を図ることができるのです。
サプライチェーンセキュリティ管理の必要性
スマート工場では、サプライヤーやサービスプロバイダーなど、外部の機器やサービスへの依存が高まります。そのため、サプライチェーン全体でのセキュリティ管理が重要になります。
サプライチェーンセキュリティ管理では、まずサプライヤーやサービスプロバイダーに対するセキュリティ要件を策定し、契約内容で対応責任を明示することが求められます。これにより、サプライチェーン全体で一定水準のセキュリティを担保することができます。
インシデント対応体制の整備
サイバー攻撃によるシステム停止や情報漏洩など、セキュリティインシデントはスマート工場の操業に大きな影響を及ぼします。そのため、インシデント発生時の迅速な対応体制の整備が欠かせません。
インシデント対応体制の整備では、まず想定されるインシデントを洗い出し、発生時の影響度や対応手順を明確化することが重要です。その上で、インシデント対応チームを編成し、役割分担や意思決定プロセスを定めておく必要があります。
加えて、インシデント発生時の初動対応や、システム復旧、原因究明、再発防止策の立案など、一連の対応プロセスを確立しておくことも求められます。定期的な訓練の実施により、実効性のある対応体制を整備していくことが重要となります。
セキュリティ対策のプロセスと具体的手順
次に、セキュリティ対策の具体的な手順について解説します。各ステップにおける重要ポイントを押さえておきましょう。
ステップ1:セキュリティ要件の整理
セキュリティ対策の第一歩は、自社の工場スマート化の目的を明確に設定し、保護すべき業務と対象を整理することです。その上で、業務視点でのゾーン設定を行い、各ゾーンにおけるセキュリティリスクを洗い出します。
要件整理の際には、事業継続計画(BCP)の再確認や、国内外の規格・法令の確認も忘れずに行いましょう。例えば、IEC 62443やEU(欧州連合)のサイバーレジリエンス法などが参考になります。
ステップ2:セキュリティ対策の立案
要件整理にもとづき、ゾーンごとの重要度や優先度を設定し、重要な脅威への優先的な対応方針を策定します。具体的な対策としては、外部接続時のネットワークの安全性確保や、クラウドサービス選定時のセキュリティ要件の明確化などが挙げられます。
対策立案の際は、自社の経営資源や業務特性を踏まえ、現実的かつ効果的な対策を選択することが重要です。必要に応じて、外部の専門家の知見を活用することも検討しましょう。
ステップ3:セキュリティ対策の実行と運用
立案したセキュリティ対策を着実に実行に移し、継続的な運用体制を確立することが求められます。PDCAサイクルを回すことで、セキュリティ状況の継続的な改善を図ります。また、業界動向を注視し、必要に応じて対策の見直しを行うことも重要です。
運用面での対策としては、外部システムの稼働保証やデータ管理の透明性確保などが考えられます。セキュリティインシデントに備え、対応手順を整備しておくことも忘れてはなりません。
スマート工場におけるデータマネジメントの重要性
スマート工場におけるデータマネジメントでは、データを有効活用しつつ、セキュリティを確保するための総合的な取り組みが求められます。ここでは、そのための指針となるデータマネジメント・フレームワークについて概説します。
データマネジメント・フレームワークの概要
データマネジメント・フレームワークとは、データのライフサイクル全体を通じて、適切な管理を実現するための枠組みです。具体的には、以下の3つの視点からデータの状態を整理します。
- イベント:データの生成、利用、廃棄といった一連の流れ
- 場:データに関連する法令、内部規則、契約などの制約条件
- 属性:データの開示範囲や管理主体といった性質
このフレームワークを活用することで、データの状態を可視化し、リスクを低減することができます。また、データに関わるステークホルダー全体で適切な管理を行うための共通言語としても機能します。
データライフサイクルにもとづくセキュリティ対策
データマネジメント・フレームワークの中でも特に重要なのが、データライフサイクルの視点です。データの生成から廃棄までの各段階において、セキュリティ対策を講じる必要があります。
例えば、データ生成時には、適切なアクセス制御によって機密性を確保することが求められます。利用段階では、改ざんや漏洩のリスクに備えた対策が必要となります。そして、不要となったデータを確実に廃棄することで、リスクの低減を図ります。
また、スマート工場では、サイバー空間と物理空間が密接に連携するため、両者を一体的に捉えたセキュリティ対策が求められます。現場の制御システムから収集されたデータが、社内の情報システムで利用されるケースなどでは、システム間のデータ連携を安全に行うための仕組み作りが必須要件となります。
ステークホルダー間でのデータ管理責任の明確化
スマート工場では、工場内部だけでなく、サプライヤーやサービスプロバイダーなど、外部のステークホルダーとのデータ連携が増加します。こうした環境下では、データ管理の責任分界を明確にし、連携先のセキュリティ対策状況を適切に把握することが重要です。
その際には、各ステークホルダーの役割や、想定されるリスクを整理したうえで、セキュリティ要件を定義し、契約内容に反映させることが有効です。また、インシデント発生時には、影響範囲を迅速に特定し、社内外の関係者間で円滑に連携できる体制を整えておくことが求められます。
セキュリティ対策によって抑えられるリスク
スマート工場におけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策は、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を安全かつ確実に推進するために不可欠です。ここでは、スマート工場におけるセキュリティ対策のメリットについて解説します。
事業継続性の確保
スマート工場化を進めるうえで、サイバー攻撃や物理的な脅威から生産設備やシステムを守ることは、事業の継続性を確保するうえで極めて重要です。適切なセキュリティ対策を講じることで、生産活動の中断や製品の品質低下といったリスクを最小限に抑えることができます。
また、万一インシデントが発生した場合でも、事前に策定したBCP(事業継続計画)にもとづいて迅速に対応できるよう備えておくことが重要です。これにより、事業への影響を最小限に留めつつ、早期の復旧を実現できます。
製品品質とブランド価値の維持
スマート工場では、製品の品質管理や生産プロセスの最適化にデジタル技術が活用されています。しかし、セキュリティ対策が不十分だと、サイバー攻撃によって製品の品質が損なわれたり、生産データが改ざんされたりするリスクがあります。
このような事態を防ぐためには、ゾーン設定によるアクセス制御や、サプライチェーン全体でのセキュリティ管理が不可欠です。製品の品質を守ることは、企業のブランド価値や信頼性の維持につながります。
法令遵守とコンプライアンスの強化
スマート工場のセキュリティ対策は、国内外の法令や規格への対応という観点からも重要性が増しています。例えば、EUでは2024年以降、サイバーレジリエンス法の適用が予定されており、製品のセキュリティ要件が強化されます。
法令遵守やコンプライアンスの強化は、企業の社会的責任を果たすだけでなく、取引先からの信頼獲得や、ビジネスチャンスの拡大にもつながります。セキュリティ対策の実施状況を適切に開示・説明できる体制を整えておくことが求められます。
スマート工場セキュリティ対策の課題と注意点
最後に、スマート工場におけるセキュリティ対策を進めるうえでの課題と注意点について解説します。スマート工場化の推進により、生産性向上や多様なニーズへの対応力向上が期待される一方で、セキュリティ面での新たな課題も浮上しています。
セキュリティ投資とコストのバランス
スマート工場化にともなうセキュリティ対策の導入には、一定の投資が必要となります。しかしながら、過度なセキュリティ投資は、工場運営のコスト増加につながる恐れがあります。したがって、自社の事業規模や資産価値に見合ったセキュリティ投資を行うことが重要です。
具体的には、自社の業務内容や保護対象を整理したうえで、各資産の重要度を評価し、優先的に対策すべき脅威を特定することが求められます。これにより、限られたリソースを最大限に活用し、効果的なセキュリティ対策を講じることが可能となります。
従業員のセキュリティ意識向上の必要性
スマート工場におけるセキュリティ対策は、技術的な側面だけでなく、人的な側面からのアプローチも重要となります。特に、工場の現場で働く従業員一人ひとりが、セキュリティに対する意識を高く持つことが不可欠です。
従業員のセキュリティ意識の欠如は、内部的なリスクの増加につながります。例えば、不適切なデータ管理や、フィッシングメールへの対応ミスなどが発生する可能性があります。こうしたリスクを未然に防ぐためには、定期的なセキュリティ教育の実施や、実践的な訓練の機会を設けることが有効でしょう。
技術の進歩に合わせた継続的なセキュリティ対策の見直し
IoTや5Gなどのデジタル技術は、目覚ましい進歩を遂げています。スマート工場においても、こうした最新技術の導入が積極的に進められています。しかし、新技術の採用は、新たなセキュリティ脅威の出現につながる可能性もはらんでいます。
まとめ
スマート工場を安全に運用するためには、サイバー・フィジカル・セキュリティ対策が不可欠です。本稿では、経済産業省のガイドラインにもとづき、スマート工場におけるセキュリティ対策の考え方やプロセス、具体的な手順について解説しました。
まず、スマート工場特有のセキュリティ課題として、外部ネットワークとの接続増加によるリスクや、サプライチェーンの複雑化にともなう管理の難化などが挙げられます。これらに対応するためには、業務視点でのゾーン設定とゾーン間の連携におけるセキュリティ対策、サプライチェーン全体でのセキュリティ管理、インシデント対応体制の整備が重要となります。 また、セキュリティ要件の整理から始まり、対策の立案、実行、運用、改善までのプロセスを着実に進めることが求められます。その際、データマネジメントの視点も取り入れ、データライフサイクルにもとづくセキュリティ対策やステークホルダー間での管理責任の明確化などにも注力する必要があります。