産業用ロボットは日本の製造業を発展させてきた一方、ロボットに起因する労働災害が問題視されているのも事実です。この問題を解決するための対策の一つとして、「リスクアセスメント」という考え方が存在します。この記事では「リスクアセスメント」の定義や実施手順、産業用ロボットやロボットSIerとの関係について解説します。
そもそもリスクアセスメントとは
リスクアセスメントとは、日本語で端的に表すと「危険(リスク)の客観的評価(アセスメント)」です。厚生労働省では以下のように定義しています。
“リスクアセスメントとは、作業における危険性又は有害性を特定し、それによる労働災害(健康障害を含む)の重篤度(被災の程度)とその災害が発生する可能性の度合いを組み合わせてリスクを見積もり、そのリスクの大きさに基づいて対策の優先度を決めた上で、リスクの除去又は低減の措置を検討し、その結果を記録する一連の手法をいいます。”
引用:厚生労働省「プレス事業場におけるリスクアセスメントのすすめ方中小規模事業場への導入を目指して」
“危険(リスク)”とは巻き込まれや感電など、製造業を筆頭とした労働に潜む事故や災害のことです。リスクアセスメントはまず「こういった状況でこのような危険が起こるのでは?」という”危険(リスク)”を予測します。そして「この危険はどんな規模になる?」「どれくらい発生しやすい危険なのか?」といった”客観的評価(アセスメント)”を加えるのです。
リスクアセスメントの意義
リスクアセスメントは、年々増加傾向にある労働災害の発生を防止して、労働者の健康と安全を保護するために必ず実施しなければならない考え方です。法的根拠もあり、労働者保護の大前提となる「労働安全衛生法」の第28条の2に、”リスクアセスメントは努力義務”という趣旨の記載があります。
「事業者は、厚生労働省令で定めるところにより、建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、又は作業行動その他業務に起因する危険性又は有害性等を調査し、その結果に基づいて、この法律又はこれに基づく命令の規定による措置を講ずるほか、労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置を講ずるように努めなければならない。」
さらに厚生労働省は上記法文について掘り下げた「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」を提示しており、リスクアセスメントの手順はこの指針がベースとなっています。法律はあくまで義務を規定しているだけで、具体的に義務を果たすための手段にリスクアセスメントがあるという図式です。
参考:厚生労働省「危険性又は有害性等の調査等に関する指針 同解説」
産業用ロボットでリスクアセスメントが重要な理由
産業用ロボットは本来、人間がもともと行っていた単純作業や危険作業の代替として導入されるものです。しかし、新たに産業用ロボットが原因となる労働災害も年に少なからず発生しています。
通常時は産業用ロボットが自動で作業を行い、人が遠隔で管理するため事故が発生する可能性はかなり低いとされます。ただし、ロボットシステムに異常が発生したとき、人がロボットの動作範囲内に立ち入ってしまうことがあり、大抵の事故はこのタイミングに発生します。産業用ロボットを導入する際にも、リスクアセスメントが重要ということは必然といえるでしょう。
関連記事:事故を起こさないために。産業用ロボットの危険性と安全対策を正しく理解しよう
産業用ロボット業界のリスクアセスメントは複雑
産業用ロボット業界は、その性質として以下の3段階でリスクアセスメントが必要となる複雑な構造を持っています。
- ロボットベンダー
- ロボットSIer
- エンドユーザー
まずはロボットを製造するベンダーが上流にいて、ロボット製品自体の安全性を考慮した設計・開発・テストを行います。そしてロボットSIerが安全なロボットシステムを提供し、最後にエンドユーザーが導入されたロボットシステムを安全に運用することで、はじめて産業用ロボットのリスクアセスメントが達成されるのです。
ロボットSIerとユーザーの情報共有が重要
先ほど挙げた3段階のリスクアセスメントで特に重要なのが、ロボットSIerと依頼者間のリスクに関する情報共有です。ロボットベンダーはエンドユーザーが具体的にどう運用するかは意識せずにロボットを提供します。しかし、SIerは依頼者の生産設備を具体的に理解してロボットシステムを導入しなければならず、2者間の情報共有ができていないと正常なリスクアセスメントが完結することはありません。
依頼者側はロボットシステム導入における引合の段階で、SIerに対して「われわれの事業場にロボットを設置するなら、こういったリスクがあることを理解して、それを踏まえて安全にロボットを導入してください」というリスク情報の提供と安全要求を行います。SIerは上流のベンダーから展開されたロボットの仕様と依頼者が要求する安全仕様を組み合わせて、適切にシステムを導入することになります。
リスクアセスメント設定の手順
以降はSIerに依頼する側の視点でリスクアセスメント設定の前提と手順を解説していきます。
前提1.実施体制の整備
前提として、リスクアセスメントは組織的に実施するものです。まずは経営上層部が実施の周知と体制の整備を行う必要があります。実施の時期や責任の所在を確定させ、従業員全員にリスクアセスメントの理解と実施内容が浸透しなければ十分な結果が得られません。
前提2.情報収集
リスクアセスメントの本手順に入る前にもう一つ、依頼者は自身が使用するロボットの作業手順やロボット本体の取扱いを知っておくことも前提条件です。必要な情報は作業手順書や機械の取扱い説明書が例として挙げられます。また、厚生労働省が公表しているヒヤリ・ハット事例や労働災害事例から情報収集して、他者の経験からリスクを回避する観点をもっておくことも重要です。
参考:厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」
参考:厚生労働省「労働災害事例」
手順1.リスクの特定
準備が整ったところで、作業手順に基づき、各工程に使用する機械設備や作業に応じたリスクの特定を行います。作業の仮想シナリオを作成し、作業者がロボットにふれるタイミングの洗い出しや、危険源があるかどうか、または危険状態に変化していかないかの議論は有効です。
手順2.リスクの見積・評価
リスクが特定できたら、次にそのリスクがもたらす”危険度”・”発生可能性”・”発生頻度”の3区分から対策の優先度を見積もっていきます。各区分のレベルによって、リスクに点数をつける方式が一般的です。例えば、作業者が致命傷を負うような危険度なら、平常に作業していれば発生せず低頻度だったとしても、容認できないリスクとして評価されます。
手順3.リスク低減対策の検討および実施
対策すべきリスクが確定したら、以下の優先順位でリスク低減対策内容を検討し、実施します。
- 法令に定められた事項(労働安全衛生法や労働安全衛生規則)
- 危険作業の廃止・変更、設計や計画段階からのリスク排除・低減
- インターロック、光学的安全装置の設置などの工学的対策
- マニュアルや現場の安全指導の整備
- 個人用保護具の使用
法令に従うのは当然として、可能な限り危険作業を未然に減らし、現場での対策を設備措置・指導教育・個人補助のレベルへ落としていきます。
手順4.リスクアセスメント実施状況の記録と見直し
リスクアセスメントは実施して終わりではありません。当年度の実施状況を記録し、手順の1~3が適切だったかどうかを見直して、改善の必要性を検討してPDCAサイクルを回します。フィードバックの結果、次年度以降のリスクアセスメントを含めた安全衛生目標と安全衛生計画の策定、さらに安全衛生水準の向上に役立つことが期待できます。
安全な労働にリスクアセスメントは必要不可欠
リスクアセスメントは法令だけではカバーしきれない労働安全を保護するため、各事業者が自身の問題としてリスクに立ち向かうための重要な考え方です。リスクアセスメント実施を通して、全従業員がリスクに対するアンテナの感度を高め、日頃から作業に潜むリスクを発見する感覚を蓄積していくことが理想的です。
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