以前より各業界で進められてきたフィジカルとデジタルの融合を図るXR技術の展開が、新型コロナウイルス感染症に伴う働き方の変化を受けてさらに加速しています。建設業においてもそれは例外ではありません。
2020年度から建設現場における臨場の方式として「遠隔臨場」の試行が始まりました。今回の記事では、この遠隔臨場が推進される背景やメリット・デメリット、ツールの仕様や事例などについて解説します。
遠隔臨場とは?
遠隔臨場を推進する国土交通省の「建設現場の遠隔臨場に関する試行要領(案)」によると、遠隔臨場は下記のように定義されています。
“遠隔臨場とは、動画撮影用のカメラ(ウェアラブルカメラ等)により撮影した映像と音声をWeb会議システム等を利用して「段階確認」、「材料確認」と「立会」を行うものである。”
出典:国土交通省「建設現場の遠隔臨場に関する試行要領(案)」
つまり遠隔臨場は、建設現場に行かずにウェアラブルカメラやWeb会議システム等を利用して、離れた場所から臨場を行うことを指します。
このように、遠隔から集めたデジタル情報をもとにして、「ヒト」や「現場」「材料」などを把握・行動を支援するものとして注目を集めています。
国土交通省が推進する背景
国土交通省は、建設現場にICTを活用して建設業の生産性向上を推進する取り組み「i-Construction(アイ-コンストラクション)」を2016年より行ってきました。同省は、これにより建設現場の生産性を2025年までに2割向上させることを目指す方針を掲げています。遠隔臨場は、その手段の一つとして位置付けられているのです。
他にも、下記のような背景があります。
生産性向上(人手不足対策)が急務
労働者の高齢化に伴い人手不足に直面している建設業界。短期的にはコロナ禍で状況に変化があるものの、長期的には特に若年労働者の不足が懸念されています。
また、政府が2019年に施行した「働き方改革関連法」に基づいて、時間外労働の上限規制である「月45時間・年間360時間」を適用が求められていますが、その準備期間が2024年で終了する、いわゆる「2024年問題」が待ち構えているのです。
建設業においてもデジタル技術の活用等を通じた生産性向上がますます求められています。
新型コロナウイルス感染症拡大
コロナ禍では多くの職場でリモートワークが定着しましたが、製造業や建設業でも同様の動きが見られます。デジタル技術を活用することで、3密を避けながらも現場機能を確保することができ、さらに質の高い新型コロナウイルス感染症対策ともなるでしょう。
なお「建設業における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン (令和2年5月14 日版)」においても、遠隔臨場が推奨されています。
遠隔臨場のメリット
遠隔臨場にはどのようなメリットがあるのでしょうか。下記にご紹介します。
移動時間とコストの削減
まず移動時間とコストの削減はわかりやすいメリットでしょう。現場を訪問して臨場を実施する必要がないため、移動時間やそれに伴うコストが削減できます。その時間を他の作業に活用できるため、生産性向上が図れます。
感染症対策
上記でも述べましたが、人との接触を行わないことにより、感染症対策としてのメリットもあります。
日程調整を容易に
臨場を行わないと次の工程に進むことができないという課題に対して、遠隔臨場では現場訪問の必要がないため日程調整が容易になります。現場における全工程を俯瞰して見た際にも、遠隔臨場は有効なツールとなります。
人材育成
熟練労働者が多い本社と現場で頻繁にコミュニケーションすることは、現場の従業員のスキルを高めることにつながるでしょう。従来の臨場方式だと、双方のコミュニケーションが「閉じた」ものになりがちです。その反面、遠隔臨場ではやり取りを共有・録画できるため、情報の「オープン化」が可能となり、企業全体のナレッジ蓄積・スキルアップに貢献します。
遠隔臨場のデメリット
次にデメリットをご紹介します。
機材購入などの初期費用
機材購入など初期投資が必要となることは一つのネックになるでしょう。ただし、低価格な機材、助成金、導入後のコスト削減等を鑑みると、大きなデメリットとはならないかもしれません。
ICT機器に慣れる必要
機器の操作方法に慣れることや、そのための研修やマニュアルを作成する必要があります。
通信環境の確保
多くの事例が示しているとおり、トンネルなどで通信環境が悪化することは課題となっています。スケジュール確保の上で臨んだ遠隔臨場で通信環境が不安定になれば、日程の再調整などが必要となり、さらにコストがかかってしまいます。
対策としては、事前に環境を確認しておくことなどが考えられますが、環境が悪い場合には従来どおり現場に赴く必要があります。
遠隔臨場で利用するツールの仕様
建設現場の遠隔臨場に関する試行要領(案)で示されているツールの仕様をご紹介します。
- 動画撮影用のカメラ(ウェアラブルカメラ等)
試行要領における仕様は下記の通りです。
- Web 会議システム等
試行要領における仕様は次の通りです。
スマートフォン向けの TV電話やWeb会議システムに関する仕様
遠隔臨場の事例:北陸地整 富山県南砺市利賀村地先 利賀トンネル(河床進入)工事
遠隔臨場の事例を確認してみましょう。国土交通省が公表した「建設現場における遠隔臨場 事例集」には遠隔臨場の30事例が掲載されています。
そのうちの一つ、「北陸地整 富山県南砺市利賀村地先 利賀トンネル(河床進入)工事」をピックアップします。
本工事では「iPad」や「Web会議システム:Teams」を使い、「技術提案履行確認(掘削・覆工) 」「中央排水出来形確認」等を行いました。
通信環境の整備については、坑内において300m毎にWi-Fiを設置したり、計測箇所をスプレーで明示するなど、 画像越しでも視認しやすいような工夫を施されたようです。
監督員(受注者)側では、立ち会いのための移動時間の短縮、移動の必要もないことから、受注者の希望時間帯に立ち会いを行い、円滑な現場監督ができたとの声がありました。
施工者(受注者)側では、立会時間の短縮に加え、1日に複数回立会を実施することができたとのポジティブな感想が寄せられています。
一方で、音が聞きづらい、通信が途切れる、映像では伝わりにくい内容もあるという課題が抽出されています。そのため、現場確認は必要であるとの意見も挙がっています。
iPadやTeams等の利用で遂行できることから特別な機器の必要がないという利点はありますが、トンネル内という不安定な通信環境は課題となっています。事前確認や可能な範囲でのWi-Fi設置、現場での臨場との組み合わせなど、ハード・ソフト両面での対応が必要になることを感じさせる事例です。
出典:建設現場における遠隔臨場 事例集(P14)
デジタル情報をもとにヒトや現場を把握・判断・行動を実現する
遠隔臨場が普及していくと、臨場方式の多様化が見込まれます。
一方で、国土交通省の「建設現場の遠隔臨場に関する試行要領(案)」にも記載されている通り「監督職員等が確認するのに十分な情報を得ることができた場合に、臨場に代えることが出来る」ということには留意する必要があります。
つまり、便利な手段である遠隔臨場ではありますが、環境が整っていない場合には現場に赴いて臨場を実施するほうがベターだと言えるかもしれません。今後は、現場に赴くのか、遠隔臨場を実施するのかを判断する力が磨かれなければなりません。
ただし確実にいえることは、遠隔臨場は現場で集めた情報をもとに「ヒト」や「現場」「材料」を把握・判断・行動を支援する方法としてますますその重要性が高まるということです。さらに、今後は真のデジタル化を実現するラストピースともされるVRやAR等の技術とも組み合わさり、より高度な遠隔臨場へと発展していくことも考えられるでしょう。
5Gの普及も遠隔臨場を加速化させると期待されています。