近年「DX」という言葉を耳にすることが増えてきたのではないでしょうか。DXは「デジタルトランスフォーメーション」の略称で、事業や業務のデジタル化により、効率化や組織の変革を実現することを意味します。そしてこの変革は、さまざまな課題に直面している製造業、とりわけ生産の要となる工場を大きく変えるほどのものです。
しかしながら、工場DXは決してスムーズに進んでいるとは言えません。そこで本記事ではさまざまな事例を踏まえ、工場DXの概念とその背後に潜む課題、そして成功への道筋について解説します。
工場DXとは何を指すのか
工場DXは、製造業の拠点となる工場においてデジタル技術を活用することで生まれる業務や組織の変革を指します。核となるデジタル技術としてAIやIoT、ロボティクス、クラウドコンピューティングなどがあげられ、工場DXの目的は生産性や品質の向上、人手不足の解消など企業によってさまざまです。
工場DXにまつわる背景
IT技術の発展による国内外製造業の競争が激化する中、工場の効率化や生産性向上が企業の急務となっています。このような状況で他社との差別化を図る1つの方法が、自社でさらなる技術革新を実現することです。そのためには伝統的な技術や蓄積したノウハウと先端技術をいかに融合するかがポイントとなり、DXがこの架け橋として注目を浴びています。
またここ数年で、社会情勢の悪化をはじめとした外部要因の不確実性により、生産が停止する、原価が高騰するといった困難に直面した企業が少なくありません。このような状況下においても企業の競争力を維持できる能力である「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化する手法としても、DXが提唱されています。
経済産業省のDX推進に向けた動き
日本の製造業がグローバルの競争力を維持・拡大するため、経済産業省が主体となって工場DX推進に向けたさまざまな施策が実施されています。以下はその代表的な取り組みです。
DX啓蒙資料のリリース
経済産業省はWebサイトにおいて、企業がDXを進めるための指南書やガイドラインを複数公開しています。DXを含む政府および製造業の「ものづくり」への取り組みをまとめた「ものづくり白書」や、製造業やその工場におけるDXの事例をまとめた「製造業DX取組事例集」がそれらの代表例です。
参考:製造基盤白書(ものづくり白書) (METI/経済産業省)
参考:製造業DX取組事例集
補助金制度の策定
DXの導入を進めるための補助金制度も設けられており、これらの補助金を活用することで資金的な制約がある中小企業でも最新のデジタル技術を導入し、生産性向上や新たなビジネスモデルの開発を行うことが可能となっています。
新製品・サービス・生産プロセスの改善に必要な設備投資等を支援するものづくり補助金や、ITツール導入による業務効率化等を支援するIT導入補助金など、DXを検討する製造業にとっては欠かせない内容です。
参考:デジタル・DX (METI/経済産業省関東経済産業局)
工場DXの必要性
工場DXの背景にさまざまな要因がある点は前述した通りですが、実際に製造業が直面している課題や、それでもなおDXが進まない理由についてより細かく見ていきましょう。
製造業の工場が抱える課題
製造業は技術革新や少子高齢化といった外部環境の変化に伴い、多くの課題に直面しています。以下はその一例です。
労働力不足 | 日本の労働人口の減少に伴い、工場での労働力の確保が困難となっている |
技術継承への不安 | 若手従業員の不足から、技術やノウハウを次の世代へと継承することが難しくなっている |
原価の高騰(人件費や原材料費) | 人手不足による人件費の高騰や、社会情勢の変化による原材料費の高騰により商品の値上げを余儀なくされている |
変動する市場ニーズ | 消費者のニーズや購買行動は日々変化しており、少量多品種生産など対応する生産体制が求められている |
DXが進まない理由
製造業が多くの課題に直面しているにもかかわらず、その解決策となる工場DXの普及は十分とは言えません。そこにはいくつかの理由が隠れています。
初期投資の負担 | 工場DXのための初期費用や維持費が中小企業を中心に負担となっている |
専門知識の不足 | デジタル技術やAIの導入には専門的な知識や技術が必要だが、その教育や人材が不足している |
組織の風土 | 伝統を重んじる組織文化や風土が、変革や新技術の導入を阻んでいる |
リスク回避 | 変革には失敗のリスクが伴うため、それを避けて現状維持を選んでいる |
製造業の工場DX成功事例
DXは適切に進めることで、企業のビジネス全体を大きく改善するほどのポテンシャルを秘めています。実際の成功事例を読み込むことで、進め方やその改善効果への理解を深めることができるでしょう。
沖電気工業株式会社
沖電気工業株式会社は、埼玉県の本庄工場と静岡県の沼津工場において、「バーチャル・ワンファクトリー」という取り組みを行っています。この取り組みでは2つの工場における部門、生産、施策プロセス、そしてIT技術を仮想的に1つへ融合し、生産性向上やコスト削減を実現するとともに、部門間での連携強化や人手不足に対応した向上の負荷分散などの組織改革に成功しています。
ヤマハ発動機株式会社
ヤマハ発動機株式会社におけるDXの最終目標は売上拡大、その目的のもと経営目線でのデジタル改革を推し進めてきました。従来より製造工程における地道な改善活動で売上拡大を果たしてきましたが、そこに経営目線でのアプローチ、具体的には「デジタルマーケティング」「コネクテッド」「スマートファクトリー」「データ分析」の4つのテーマと戦略的に向き合い、不良率の低減や効率化・省人化といった成果をあげています。
東京エレクトロン株式会社
東京エレクトロン株式会社は2021年1月に、「全社員がデジタル技術を“てこ”にして付加価値向上や効率化などの企業価値創造活動を持続的に推進するグローバルカンパニー」というTEL DX VisionおよびTEL DXグランドデザインを策定しました。この方針のもとに新しいERP(統合基幹業務システム)の導入や、MES(製造実行システム)、SCM(調達基幹システム)、によるIT基盤の整備、デジタルツイン化などの取り組みを行い、さらなる企業価値の創造に努めています。
参考:生産性向上の推進 | サステナビリティ | 東京エレクトロン株式会社
工場DXのロードマップ・進め方
工場DXはデジタル技術の導入だけで完結するものではありません。DXへの道筋を段階ごとに理解し取り組むことで、効果的に進めることができます。取り組みにあたっては一定のデジタル知識が求められるため、DXコンサルティング業者やツールベンダーの支援を受けつつ進めるべきでしょう。
1. 現状分析と目標設定
最初のステップは、自社の工場が現在どのような状況にあるのか、そして実現すべき目標を正確に定めることです。生産ラインの稼働状況、使用している機械の種類や年数、従業員のスキルセットなどからボトルネックを分析することで、現状の課題、すなわちDXを通じて達成すべき目標が浮き彫りとなります。
あるいは初期投資の早期回収を考えるにあたって、最も優先順位が高く利益に直結する改善要素がどこにあるのかを見定めることで、コスト面の負担を軽減することができるでしょう。
2. テクノロジー選定とパートナーシップ
次に、目標達成のために必要なテクノロジーを選定します。AI、IoT、ロボティクスなど、現状の課題に対して最も適切な技術は何なのか、そしてそれらをどのように既存の工場設備やシステムに組み込むべきかといった視点が重要です。製造業において重要となるシステムや技術には以下のような例があげられます。
SCADAシステム(監視制御とデータ取得システム)
SCADAシステムは、大規模な生産ラインや設備の運転状況をリアルタイムで監視・制御するためのシステムです。IoTセンサーと連携し、各設備からのデータを集約・解析することで、異常検知や運用最適化の支援を行います。
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画像解析を利用した品質検査システム
AI技術を活用した画像解析は、製品の品質検査を自動化し、人の目では見逃しやすい微細な欠陥も検出することができます。カメラやセンサーで撮影された画像データを解析し、製品の品質をリアルタイムで評価することで、検査工程を大幅に短縮することができるでしょう。
関連記事:製造業において画像解析/画像認識技術を活用している企業7社の事例
デジタルツイン技術
デジタルツインは、実際の製造ラインや製品のデジタル上の模倣(ミラーモデル)を作成する技術です。これにより、仮想環境で製造のシミュレーションやテストを行えるため、新しい生産ラインの設計や既存ラインの改善案を試験する前に、その効果やリスクを予測することができます。
関連記事:xR時代における製造業のデジタルツイン活用。3つの事例とともに解説
3. 実装と評価
手段である導入技術が決まれば、あとは実装です。実装時には、それらを扱う従業員のトレーニングや人員の配置も同時に進めなければなりません。そして、導入後は定期的にその効果を評価し、必要に応じて修正や改善を行う必要があります。
この段階に至るころには、一部の業務の効率化により、生産性や品質が向上するといった効果を実感できているのではないでしょうか。そして、効率化を他の工程に広げていくことにより、最終的に工場全体のDXを実現することができます。
工場DXは進め方と知識が重要
事務作業を中心とした定型業務のDXにおいては、多くの企業で業務内容が共通していることもあり、DXに関するノウハウや既成のパッケージツールが充実しつつあります。その一方で工場DXは製造設備や工程、企業が抱える課題が千差万別であり、ツールの導入だけで完結する単純なものではありません。それゆえに、いかに現状を分析するか、分析した課題に対しどのような技術を適用するかが極めて重要となります。
日々の業務分析を細かく行っている企業であっても、デジタル技術の導入を構想するのは簡単ではありません。DXに知見をもつパートナーとイメージを共有し導入を進めていくことで、コストや失敗のリスクを最小限に抑えることができるでしょう。