「ものづくりDX推進コンサルの現場から」では、DX/IoTビジネスモデル構築のコンサルティングなどにかかわる筆者が、これまで自分自身が見てきた現場の実情や課題を交えながら、ものづくりDX推進の方法論などを語ります。第5回は、DX推進のための必要スキルについてお話しします。
(執筆:高安篤史/合同会社コンサランス代表 中小企業診断士)

今まで「人材育成」と「IoT(Internet of Things)に関連する技術」についてお話してきました。今回は、「DX推進のための必要スキルは何なのか?」について考えたいと思います。一部、第3回「DXのための人材育成とは?」の内容と重なる部分があります。もし第3回をご覧になっていない場合は、ぜひ併せてご覧いただけたら幸いです。
さてDX推進に必要となるスキルは、下記の観点から捉える必要があります。
➀ 今まで経験がない新たな価値を作り出す必要があるため、プロセス思考では限界がある
プロセス思考は決められた手順での業務の推進であり、品質を確保するためには重要です。
➁ 専門分野を持つ担当者たちを統合させ、その上で価値を生み出す戦いになる
技術、作業、製品、サービスなど、それぞれ単独では価値が出せません。
➂ 上記の領域で戦うために必要な人材がいる
それぞれの専門分野の担当者をまとめられる人が必要です。また、専門分野の担当者(スペシャリスト)を統合し、全体最適を実現するための幅広い知見(ジェネラリスト)を持つ人材が求められます。さらに、自らデータ分析を実施できるデータエンジニアも必要です。
➃ 個々の担当者の強さがベース
変化の激しいDX時代においては、トップダウンや合議制による進め方では限界があります。戦略決定後は、それぞれの役割の中で全体最適な判断を、迅速かつ能動的に行える担当者が求められます。
⑤DX全体をアーキテクトできることが重要
DXに必要な多岐にわたる物事を「アーキテクト」できること。極端な言い方をすると、それら個々に問題があっても全体でDXという目的が達成できれば良いのです。要するに全体最適の考え方です。「アーキテクト」の意味については後述します。
従来のプロジェクトの進め方は、決められた枠の中のオペレーションできることが重要でしたが、そうではなくなっています。つまり、DX時代では、人材が評価されるポイントも変化するということが分かっていただけると思います。
このようにDX時代では考え方が従来と異なるため、当然のごとく求められるスキルも変化します。
下記のスキルについて、「企業全体」「産業全体」「社会全体」のスコープで発揮できることが重要になります。
- 業務の分析技術(全体最適を考え、つながることによる価値を最大化する)
- 問題の把握能力(表面的な問題のみでは無く、あるべき姿を想定した上での課題を把握する必要性)
- 統計学や機械学習のスキル
- IT全般の能力
- 新たな知見を発見できる能力(暗黙的なノウハウを組織共通の知見に結びつける)
- 結果を分かりやすく説明できるスキル(含む説得力)
- プロジェクトマネジメントスキル
さらにDX推進リーダーに求められるパーソナルスキルとして、下記があります。
(a)戦略策定スキル:先ほど話した全体をアーキテクトできるというのも広い意味でのこの戦略に相当します。
(b)リーダーシップ(巻き込み力):複数部門の担当者を巻き込み、DXの必要性を理解させ、部門の垣根を越えて、同じ方向へ引っ張る能力が必要です。
(c)リスクマネジメント力:AI(人工知能)の活用は、リスクの塊でもあります。DXを推進する際も、この変化が激しい環境の中でリスクをアセスメントし、マネジメントする能力が求められます。
(d)問題解決力:DXでは問題は多数発生し、単独の問題の方が少なく、どのように解決するかの判断が重要です。
実は、これらはDX推進においてはリーダーのみに必要なスキルではありません。上記はDX推進のリーダーにおいては高度なレベルが求められますが、DXに関連する担当者も上記のスキルは少なからず必要になります。
特にDXに求められるスキルとして強調したいのは、要件定義(要求仕様定義)を実施するスキルです。要件定義(要求仕様定義)とは、設計(どのように:How)の前段階で何が必要か(What)を具体化することです。私は、従来からITシステムやスマート工場の要件(要求仕様)定義は、ユーザ部門や業務部門が実施すべきと話してきました(筆者は、そのための研修も実施しています)。
アーキテクトとは何か
DXの要件(要求仕様)定義は言い方を変えると、DXに必要なあらゆる物事をアーキテクトすることです。アーキテクト(architect)は、動詞としては「設計する」と訳されますが、ここでは「必要なことを、要件定義で具体化すること」を示します。そうすることで、DX推進のための必要スキルが見えてきます。つまり、技術、機能、性能、利用価値、制度、運用、セキュリティ、システム、安全、マネジメント、時間軸、ガバナンス、ビジネス、ポリシー、社会、戦略の全体をアーキテクトできることが重要なのです。このための要件定義(要求仕様定義)の作成方法は、専門的に学ぶ必要があるでしょう。
DXのスキルの習得方法
それでは、これらのスキルは、どのように習得することができるのでしょうか? これは各組織が苦労している点ですが、筆者のコンサルティングでは、まず下記についてチェックしてもらうようお願いしています。さまざまな要件が対で表現されていますが、DXの推進ではどちらの視点も必要になります。
- 「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」
- 「組織の縦(部門)」と「横(プロジェクト)」
- 「トップダウン」と「ボトムアップ」
- 「担当者の集合体としての組織」と「組織の一部である担当者」
- 「老舗企業の理念」と「ベンチャー企業の改革」
- 「理論(研修)」と「実践(OJT)」
- 「攻めによる失敗」と「守りによる成功」
- 「ブレーンストーミング」と「問題発見」
筆者の経験では、ほとんどの担当者は、対になった事柄の片方に経験や思考に偏っていました。まず自分がどちらに偏っているかを確認して、その反対の経験をすることで、多面的なスキルが身に付きます。
私が企画した研修は全て、上記の観点で事例演習や検討演習が構成されています。上記の「DX推進リーダーに求められるパーソナルスキル」として述べた、(a)~(d)のスキル習得は、一般的に研修では限界があると言われています。「事例企業の問題を自ら考え、自社に当てはめて改革を検討し、検討結果を自社に持ち帰り、実践的に推進できるようにする」ことで可能にしています。
極端な言い方をしますが、今後DXを実施するためには、全ての産業は「IT産業/デジタル産業」になり、全ての企業は「IT企業/デジタル企業である」というくらいの認識で今後の必要なスキルを捉えてください。将来的には、この考えが当たり前になり、「IT産業/デジタル産業」というくくりがなくなっていくだろうと筆者は考えています。
執筆者プロフィール
合同会社コンサランス 代表/中小企業診断士。
https://www.consulance.jp/
早稲田大学理工学部工業経営学科(プラントエンジニアリング/工場計画専攻)卒業後、大手電機メーカーで20年以上に渡って組込みソフトウェア開発に携わり、プロジェクトマネージャ/ファームウェア開発部長を歴任する。DFSS(Design for Six Sigma:シックスシグマ設計)に代表される信頼性管理技術/プロジェクトマネジメントやIoT/RPAやDXのビジネスモデル構築に関するコンサルタントとしての実績 及び 自身の経験から「真に現場で活躍できる人材」の育成に大きなこだわりを持ち、その実践的な手法は各方面より高い評価を得ている。
IPA(情報処理推進機構)SEC Journal掲載論文(FSSによる組込みソフトウェアの品質改善 IPA SEC journal25号)を始め、執筆論文も多数あり。 2012年8月 合同会社コンサランスの代表に就任。
- 中小企業診断士(経済産業大臣登録):神奈川県中小企業診断協会 所属
- 情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、応用情報技術者、セキュリティマネジメント)
- IoT検定制度委員会メンバー (委員会主査)
■書籍
- 2019年に書籍『知識ゼロからのIoT入門』が発売
- 2020年に共同執筆した「工場・製造プロセスへのIoT・AI導入と活用の仕方」が発刊
- 2021年10月に創元社より、やさしく知りたい先端科学シリーズ9として、書籍「IoT モノのインターネット (モノ・コト・ヒトがつながる社会、スマートライフ、DX推進に活用中)」が発売
- 日刊工業新聞社「工場管理」 2021年10月臨時増刊号「ゼロから始めるモノづくりDX」で執筆
- 2022年4月に共同執筆した書籍(プラントのDX化による生産性の向上、保全の高度化)が発刊
