適正在庫とは、工場や販売拠点などで保有すべき「過不足のない平均的な在庫数」を表す言葉です。考え方や適切な量は業界によって異なりますが、原則として適正在庫を維持することで、在庫不足による商欠品と販売機会の損失を防ぎ、売上を最大化できるメリットがあります。
本記事では適正在庫の概要や計算方法に加え、それを維持する方法や注意点について詳しく解説します。
適正在庫とは?
適正在庫とは「過不足なく適切な数量の在庫」のことです。本来、在庫は欠品を出さない程度の最小限の数を維持するのが理想ですが、実際は在庫を抱えすぎている、あるいは逆に注文数に見合った数が用意できていないなど、適正在庫の確保に課題を抱えている企業が多いのが実情です。
適正在庫が重要な理由
適正在庫の維持が必要とされる最大の理由は「キャッシュフローの最適化」にあります。在庫を抱えすぎると広大な保管スペースや無駄な管理費が必要となり、仕入れや製造に要したコストの回収も滞ります。一方で在庫が不足すると商品を販売し利益を確保する機会を失ううえ、欠品状態が続けば顧客の購買意欲の低下を招き、信頼性にも大きく影響することにもなりかねません。キャッシュフローやユーザーの満足度を考えながら経営を行っていくうえで、在庫管理は非常に重要なポイントとなるのです。
過剰在庫と安全在庫との違い
適正在庫の他にも、「過剰在庫」と「安全在庫」という言葉を耳にする機会があるかもしれません。過剰在庫とは需要を上回る数の在庫を保持している状態で、サイズや色などのバリエーションが多い商品を扱う場合や、欠品を出さないことばかりに着目している場合に陥りがちです。過剰在庫が続き、保管コストの高騰やキャッシュフローの悪化を招くと、廉価販売や廃棄といった対応を余儀なくされるため、利益の大幅な減少を招きます。
安全在庫とは欠品が発生しないよう保管しておく最低限の数量を指します。適正在庫と同じ意味に感じられますが、安全在庫とはあくまでも欠品を防ぐことを目的に「在庫数の下限を定める」ものである一方、適正在庫は最適な在庫数を維持する目的で「在庫数の上限と下限を定める」考え方です。安全在庫を設定するだけでは、余分な在庫を抱え過剰在庫につながるリスクが残るため、上限と下限を設定する適正在庫という考え方より重要視されています。
関連記事:安全在庫とは?在庫管理を最適化して利益を上げる計算方法
適正在庫を見極める計算方法
適正在庫を算出する方法は1つではなく、業種や取り扱う製品に合った計算方法を選ぶ必要があります。今回は広く採用されている4つの計算方法について紹介しましょう。
①悩んだ場合は「安全在庫+サイクル在庫」
適正在庫の算出方法として最も多くの業界で使われているのが「安全在庫+サイクル在庫」の計算式です。
安全在庫の計算方法 |
「安全係数」×「使用量の標準偏差」+「√(「発注リードタイム」+「発注間隔」)」 |
「安全係数」は、安全在庫の計算で欠品許容率に対して係数を定めるものであり、欠品許容率5%にあたる1.65を使用するのが一般的です。「使用量の標準偏差」には過去の出荷量・販売量の平均値を用います。発注から納品されるまでの日数を「発注リードタイム」、次回発注までの日数を「発注間隔」に当てはめて計算しましょう。
サイクル在庫は、発注と発注の間に消費された在庫数の半分にあたる数のことです。1日平均10個売れる商品を月初めに発注する場合、10個×15日で150個がサイクル在庫となります。
この計算方法は、安全在庫という在庫の下限をベースに、日々消費するサイクル在庫を直近の需要変動ととらえ、これらを足した数値を上限とすることで一定の需要変動に対応することを目指しています。ただし、安全在庫は天候や流行、季節など不確定な需要変動を加味したうえの予測が求められるため、難易度が高く、作業が属人化しやすいというデメリットがあります。
②需要数が安定している場合は「安全在庫+需要数」
需要が比較的安定しているものに対して適正在庫を算出する際は「安全在庫+需要数」の計算式を使います。たとえば1週間に生じた需要数が30個、安全在庫が20個の場合の適正在庫は「30+20=50個」となります。
計算式としては非常にシンプルですが、需要数は安全在庫以上に変動の可能性が高いため、過去データの蓄積、分析を通して需要数の妥当性を検証することがポイントです。そもそも欠品を防ぐ安全在庫にさらに実需を加えるため、より欠品リスクを抑制できる点がメリットですが、販売数が予想を下回り続けると過剰在庫を抱えることになるため、需要数が安定している、あるいは正確な需要予測が商品にのみ有効といえます。
③変動が大きい市場の場合は「在庫回転率+在庫回転日数」
需要変動が大きく、安全在庫やサイクル在庫、需要数が頻繁に変化するような場合には、一定期間内に商品が入れ替わった回数を示す「在庫回転率」と、商品の在庫が何日で入れ替わっているかを示す「在庫回転日数」から適正在庫数を算出する方法もあります。
在庫回転率の計算方法 |
【在庫数による計算方法】一定期間中の総出庫数 ÷ 一定期間中の平均在庫数 |
【金額による計算方法】一定期間中の売上原価 ÷ 一定期間中の平均在庫金額 |
「総出庫数」は対象期間に出庫された商品の総数を指し、「平均在庫数」は「(対象期間の期首在庫+期末在庫数)÷2」で求めます。「売上原価」は「期首在庫金額+仕入れ在庫金額-期末在庫金額」、「平均在庫金額」は「(期首在庫金額+期末在庫金額)÷2」の式に当てはめてそれぞれ計算します。
経営視点で適正在庫を算出する方法であり、トップダウンで適正在庫が明確に算出できるというメリットがある一方、計算式が複雑というデメリットもあり、前提となる在庫管理が十分に行き届いている必要があります。
④小売業や食品業界の場合は「交叉比率」
適正在庫を把握するために、交叉比率を用いて計算する方法もあります。交叉比率とは、「商品への在庫投資がどれだけの粗利益をあげているか」を示す指標で、ホームセンターやスーパーなど小売業で多く採用されています。
交叉比率の計算方法 |
在庫回転率×粗利益率 |
「粗利益率」は「粗利益÷売上高」で求めることができます。この交叉比率を使った適正在庫金額の計算式は以下の通りです。
適正在庫金額の計算方法 |
在庫回転率=交叉比率÷粗利益率適正在庫金額=売上目標÷在庫回転率 |
たとえば、交叉比率が100、粗利益率が20の場合、在庫回転率は5となります。500万円を売上目標に掲げるなら、「500÷5=100」で、適正在庫金額は100万円です。利益を出しやすい商品を明確化できるため、小売業にとっては無駄なく利益を出すために最適な方法といえるでしょう。
適正在庫を決めるうえでの注意点
適正在庫の見極めは非常に重要ですが、算出においてはいくつか気をつけたい点があります。以下の点に注意しながら正しい適正在庫を把握し、より効果的な経営を行っていきましょう。
①1年間の平均在庫を計算する
適正在庫は、1ヶ月〜数ヶ月という短いスパンではなく、少なくとも過去1年間のデータから計算するのがおすすめです。
在庫数は季節や流行をはじめとしたさまざまな要因によって変動するため、短期間では十分なデータを集めることができません。少ないデータから無理に適正在庫を計算すると、実態から大幅に外れて欠品や過剰在庫を抱えるリスクが高まります。長期間における平均在庫を計算することである程度の需要変動を織り込むことができるため、そのようなリスクを軽減できるでしょう。
②定期的に最適化を図る
当初に設定した適正在庫で運用を続ける中で、在庫が不足したり、予測よりも在庫が増加している場合は、適正在庫の計算を改め、再度検討しなければなりません。
とくに問題なく運用できていたとしても、製品やサービスの需要は外部要因の影響を受けやすく、急に大きく変動する可能性もあるため、定期的な調整が必要となります。明確な基準がないため判断が難しいところですが、多くの企業が会社の方針変更や新商品、新サービスの提供を開始するタイミングで適正在庫を調整し、最適化を図っています。
③需要予測の精度を高める
適正在庫の算出においては、需要数やサイクル在庫、在庫回転率といった指標を「需要のバロメーター」とみなします。とはいえいずれもあくまで「過去のデータ」であるため、そこから将来的な可能性を予見するためには、どれだけ細かな分析ができるかがポイントになるでしょう。
データ分析を人力で行う場合、データだけではない「経験」を考慮できるメリットもありますが、必要以上に主観が紛れ込んでしまう点が懸念事項です。場合によってはAIを用いた需要予測システムなど、より高度なデータ分析を可能とするデジタル技術の導入も検討の価値があります。
関連記事:AIを活用した需要予測とは?メリット・デメリットや活用事例も紹介
適正在庫を見極めて売上を最大化しよう
過不足なく適切な量の適正在庫を見極めることで、在庫が不足して欠品状態に陥る、過剰に在庫を抱えてしまい余分な管理費がかかるといったリスクを大幅に軽減できます。適正在庫を算出するための計算式は、販売形態や業種などによって異なるため、自社に合った計算式を選びましょう。
適正在庫がわかり、数ヶ月の検証で問題がなければそのまま運用に移すことができます。ただし、在庫は市場の影響を受けやすく変動も見込まれるため、常に過不足なく在庫を保持するためにも、定期的な最適化が大切です。場合によっては需要予測や分析を行うシステムの併用に加え、データには現れない「担当者の感覚」を適度に反映するといった取り組みが活きる局面もあるかもしれません。